10.人工授精(AIH:Artificial Insemination with Husband’s semen)

AIHのヒトへの応用は、1799年、イギリスの外科医であるHunterによる。本邦においては、1891年にAIH]に関するドイツの医学書の紹介(人工妊娠新術、大野勝馬訳)が始まりとされている。
このような歴史背景の中、現在、AIHは、不妊治療の一つとして広く世界中の日常診療で実施されている。2009年、ESHRE(23カ国におけるAIH約16万周期の集計)の報告によると、AIHの妊娠率は、対周期あたり8.3%で、その内、単胎が88.9%、双胎10.4%、品胎0.7%であった1)。しかしながら、AIHの不妊原因別、卵巣刺激周期別等の個別の効果は未だ明確にされていないため、今後更なる大規模な研究調査が必要である。
一方で、最近AIHの方法や適応に関する報告が散見できる。特に臨床的なエビデンスとしては、精子調整法、子宮腔内注入法、施行時期、premature LH surgeの予防、卵巣刺激周期の黄体機能不全に関する報告がある。今回は、AIHの概要について解説する。

1.AIHの注入法2)
AIHの基本的な手技は、調整した精子の懸濁液約0.2~0.5mlを子宮腔内に注入する方法:子宮腔内人工授精(IUI:intrauterine insemination)である。IUI以外、頚管内注入(ICI: intracervical insemination)、腹腔内注入(DIPI:direct intraperitoneal inseminatin)、卵管内注入(FSP: fallopian tube sperm perfusion) がある。しかしながら、ICIよりIUIの方が、6周期の検討で生産率が2倍高かったとの報告もあり、より受精の場である卵管膨大部に近いほど妊娠の確率は高くなると考えられる。FSPは、IUIの6~8倍量の精子懸濁液を使用するため子宮内腔、卵管内はもとより、腹腔内まで精子が到達している。原因不明不妊にはFSPの方がIUIより有効とされている。

2.AIHの妊娠率
AIHは、配偶者から採取した精子を調整し子宮内に注入する方法である。自然に近い不妊治療法であり、1周期あたりの妊娠率は5〜10%と高くはない。2)3)4)
ただし、性交障害やヒューナーテストで頸管粘液不適合症例などに限れば治療効果が期待できる。
図1にAIHにおける年齢別の累積妊娠率を示す。AIHを4周期以上行った累積妊娠率は、40歳未満で約20%、40歳以上で10〜15%である。5)つまり、80%以上の不妊患者がAIHでは妊娠が難しい。また、妊娠例は、88.0%が4周期以内に妊娠する。 6)
若年女性でもAIHを5周期以上続けてもわずか3〜5%しか妊娠を期待できない。そのため3〜4周期AIHを行っても妊娠しない場合はARTを検討すべきである。
排卵障害、性交障害などの明らかな不妊原因がある場合は、AIHなどの一般不妊治療でも十分治療効果が期待できる。しかし、これらの一般不妊治療は自然に近い治療法であり、原因不明不妊症と考えられている受精障害や卵子のピックアップ障害などの不妊原因には無力である。
そのため、ある一定の治療回数を行って妊娠しない場合には、ARTや腹腔鏡下手術などの積極的な不妊治療へ進むべきである。

図1 年齢別AIH施行回数と累積妊娠率(%)

3.AIHの適応
•軽度乏精子症、精子無力症
WHOの定めた正常精子所見を表1に示す。少なくとも2回以上この基準を満たしていない場合はタイミング法での十分な妊娠率は期待できないため、AIHを検討する。AIHが有効な総運動精子数は10×106個以上とされ、これより少ない場合は顕微授精による不妊治療を検討する必要がある。7)
当院では過去のデータから、総運動精子数2×106個以下の場合はAIHキャンセルにしている。

表1 WHO(2010年)の精液検査の基準値

性液量 1.5ml以上
精液濃度 1500万/ml以上
運動率 40%以上
総精子数 3900万以上
正常形態率 4%以上

・性交障害
勃起障害や射精障害、性交痛、精神的な問題などで性交ができず、マスターベーションによる射精が可能な場合にAIHの適応になる。

・頸管粘液不適合
ヒューナーテストで頸管粘液内に運動精子が少なく、かつ精液所見が正常な場合、AIHの適応となる。これは抗精子抗体陽性例やクエン酸クロミフェン(CC)の投与、子宮頸部円錐切除術後による場合もある。

・原因不明不妊
タイミング法を施行しても妊娠に至らない場合、ARTを行う前段階として行われる。通常、原因不明不妊は、一般診療精査では診断できず、腹腔鏡等で検査しないとわからない不妊原因がある可能性が高い(ピックアップ障害、子宮内膜症など)。そのため、性交障害や頸管粘液不適合症例と異なり、妊娠率はあまり期待できない。

4.AIHの方法
・実施のタイミング
卵子の受精能力は排卵後約1日までで、なるべく排卵に近いところでAIHを施行する。自然周期ではLHサージの検出より14〜28時間で排卵が起こり、刺激周期でhCGを投与した場合、36〜40時間後に排卵が起こると言われている。8)一般に、尿中LHサージが陽性の場合は翌日に、hCG投与をした場合は36時間後頃にAIHを実施する。hCG投与時の卵胞径は18〜22mmが適当である。

・卵巣刺激する場合
AIHと組み合わせて、CCやゴナドトロピンなどを用いることがある。男性因子の場合、過排卵によるAIHの成績は上昇しないとされているが、機能性不妊の場合CCやゴナドトロピンで卵巣刺激をすると妊娠率が上昇するとされているが、多胎妊娠になる可能性がある。当院では3個以上の卵胞ができた場合はAIHをキャンセルにすることが多い。

・精子採取、処理について
禁欲期間は2、3日以内の方が妊娠率が高い。9)精子の処理法については、密度勾配法、スイムアップ法、洗浄遠心法のいずれにおいても妊娠率に有意差はない。10)

5.AIHの実際
AIHのチューブは柔らかいものが推奨されているが、CochraneのRCTでは有意差は認められていない。11)AIH後の抗菌薬の投与に関するエビデンスは特に報告されていないが、感染症発症の報告は少ない。

6.まとめ
AIHの利点は、低侵襲、低コストであることであり、体外受精の前段階の治療として一定の評価は得られている。しかし、その適応、方法、成績は施設間で異なる。母体の年齢なども考慮し、ただ漫然とAIHを繰り返すことなく、適切な治療を提示する必要がある。

参考文献
1. Ferraretti AP, Goossens V, Kupka M, et al : Assisted reproductive technology in Europe, 2009: results generated from European registers by ESHRE.
Hum Reprod. 28(9):2318-31.2013.
2. 栗林靖ほか:子宮腔内人工授精(IUI):現代生殖医療のメインストリート.金原出版272-281 2014
3. Wilcox AJ, Weinberg CR, Barid DD : Post-ovulatory aging of the human oocyte and embryo failure. Hum reprod 1(13 ): 394-397.1998
4. Duran HE, Morshedi M, Kruger T, Oehninger S: Intrauterine insemination: a systematic review on determinants of success, Hum Reprod Update 2002; 8:373-384
5. 米田佳孝、櫛野鈴奈、池田千秋ほか:当院における子宮内精子注入法(人工授精)1816周期の臨床的分析.第141回日本生殖医療学会関東支部会.2010
6. 大野原良晶ほか:当院不妊外来における治療成績と年齢との関連.鳥取医誌2012;40:130-135
7. Van Voorhis BJ, Barnett M, Sparks AE, Syrop CH, Rosenthal G, Dawson J: Effect of the total motile sperm count on efficacy and cost-effectiveness of intrauterine insemination and in vitro fertilization. Fertil Steril 75: 661-668 2001
8. Andersen AG, ALS-Nielsen B, Horne’s PJ, Franch Andersen L: Time interval from human chorionic gonadtropin(HCG) injection to follicular lupture. Hum Reprod 10: 3202-3205.1995
9. Marshburn PB, Alanis M, Matthews ML, Usadi R, Papadakis MH, Kullstam S, Hurst BS: A short period of ejaclatory abstinence before intrauterine insemination is associated with higher pregnancy rates. Fertil Steril 2010; 93: 286-288
10. Boomsma CM, Heineman MJ, Cohlen BJ, Farquhar C: Semen preparation techniques for intrauterine insemination. Cochran’s Database Syst Rev 17 (4): 2007 CD004507
11. van der Poel N, Farquhar C, Abou-Setta AM, Bensschop L, Heineman MJ: Soft versus firm catheters for intrauterine insemination. Cochrane Database Syst Rev 10(11): 2010 CD006225