1.ショック

 母体急変時の初期対応が適切でないとショックに至ります。私は京都プロトコール作成の際に救急医からショックについて説明を求められ、とっさに応えられませんでした。普段よく使っている言葉で何となくわかったつもりでいましたが、適切に表現できませんでした。みなさまはいかがでしょうか。
 様々な表現が可能です。病態について簡単に述べると「全身性の血液の潅流低下に伴い、組織・細胞レベルでの酸素供給が不足して生体機能の維持が危険になった状態」となります。
 これに対して全身性ではなく、末梢での血液の潅流低下によって酸欠におちいり組織の壊死が生じるのは「梗塞」です。ただし、末梢性の梗塞が心臓の冠動脈に生じた際には心臓のポンプ作用が損なわれ、結果として「全身性の血液の潅流低下」状態に陥り、生命が危機にさらされればショックです。
 では脳卒中はいかがでしょうか。生命維持の危機に陥りますが、「全身性の血液の潅流低下」状態でなければショックではありません
 ショックが進行すると生命を維持するためにアドレナリンが分泌され、心拍数が増え、1回心拍出量も増加します。また脳や心臓などへの血液潅流を維持するため末梢血管抵抗が増して、四肢の循環が乏しくなります。その結果としてショックの5徴と言われる下記の5Pを認めます。

1)顔面蒼白(Pallor)
2)虚脱(Prostration)
3)冷汗(Perspiration)
4)呼吸不全(Pulmonary insufficiency)
5)脈拍触知不能(Pulseless)

 母体死亡症例においても、ショックの初期の段階でこの5P徴候が発現しているはずです。出血も持続すると必ずこれらの徴候を呈します。ショックに早く気付き心停止に至らせないのが救命の要とすれば、これらの徴候を見逃さずに初期の段階で適切な処置を行えば母体死亡例を格段に減らすことができるはずです。しかし、陣痛の苦しみに喘いでいる妊婦、または長時間の陣痛の末にやっと分娩に至った褥婦の多くは5Pの1)から4)までと同じような徴候を呈している場合が多いと言えます。我々周産期に携わる者は冷や汗をかいてぐったりとしている妊産婦を見慣れているために、これが普通に見えてしまいます。そのためどうしてもショックの徴候に気付きにくいのではないでしょうか。
 また、非妊娠時と比較して循環血液量が増えている妊産婦では代償機能が備わっているため、少々の出血では血圧も下がりません。循環血液量がどんどん消失し、代償機能が追い付かなくなりショックがかなり進行してから収縮期血圧が下がり始めます。その段階で初めてショックと認識して初期治療を始めても対応が後手に回ります。そこで、J-CIMELSではショックの感知を早くするためにバイタルサインのモニタリングを勧めています。この件については後日取り上げます。
 先ず臨床上遭遇するショックにはどのようなものがあるか考えてみましょう。
皆さんはよくご存じだと思いますが、復習だと思いショックの分類を思い出してください(表1)。
産科危機的出血に伴う「循環血液量減少性ショック」は一定の割合で発症しています。また妊産婦仰臥位低血圧症候群による「閉塞性ショック」も経験された方は多いのではないでしょうか。それ以外のショックの原因疾患は頻度こそ低いものの、死亡症例は毎年報告されています。いずれのショックであれ第一発見者として遭遇した際の備えに鑑別が必要です。めったに遭遇しないので詳しい鑑別法を読んでいても緊急時には思い出せません。次回は簡単な鑑別について述べます。

表1:J-CIMELS 講義スライド