第九回:産科危機的出血におけるPOC凝固機能測定装置の活用法

横浜市立大学附属市民総合医療センター麻酔科 角倉 弘行

問 なぜ日本では分娩後出血(PPH:postpartum hemorrhage)による母体死亡が多いのですか?

答 わが国では現在でもPPHが母体死亡の主要な原因の一つですが、分娩の集約化が進み分娩施設内でPPHに対する集学的な治療が実施できる国々では、PPHによる母体死亡の多くは回避可能であると認識されています。わが国でPPHによる母体死亡の割合が高い理由としては、小規模な分娩施設でPPHが発生した場合に、PPHに対する集学的治療の開始が遅れる傾向にあることが指摘されています(母体安全への提言2022)。

問 PPHによる母体死亡を回避するためには何が必要ですか?

答 PPHの原因は4T(Tone、Trauma、Tissue、Thrombin)に分類されます(表1)。

表1 分娩後出血の4T

最初から凝固障害が原因でPPHを発症することは非常に稀ですが、このような例では凝固因子の補充を適時適切に行うことが重要です。特に羊水塞栓症に合併するアナフィラクトイド反応による産科DICでは早期から線溶系が亢進して凝固因子が大量に消費されるので、母体を救命するためには頻回に凝固機能を評価しながら積極的に凝固因子の補充を行うことが不可欠です。
 一方、凝固障害以外の原因でPPHが発症した場合であったとしても、凝固因子の補充がなされずに輸液や輸血のみで容量負荷が行われると、希釈性凝固障害の状態を経て最終的には産科DICの状態に陥ります。したがって、このような例でも凝固機能を頻回に測定しながら凝固因子の補充を適時適切に行うことが重要です。すなわちPPHの予防や治療のいずれにおいても、凝固機能の頻回評価と適時適切な凝固因子補充が重要です。

問 Point of care(POC)で凝固機能を評価することの利点は何ですか?

答 産科危機的出血症例で凝固機能をPOC(ポイントオブケア)で評価することの最大の利点は利便性です。通常、凝固機能の測定は検査室で行われるのでもともと検査室のない施設や検査室が稼働していない時間帯では測定自体ができません。また検査室が稼働していたとしても検体を検査室に届けるための人手が必要となり、夜間や休日など人手が少ない時間帯には検体を検査室に提出できないこともあります。一方、POC測定装置があれば、手術室内でいつでも簡便に凝固機能を評価できます。
 また凝固機能をPOCで評価することのもう一つの利点は迅速性です。例えば検査室で用いられているフィブリノゲン濃度の測定装置は事前に遠心分離が必要で、多くの施設では結果がでるまでに30分以上を要しますが、血中フィブリノゲン濃度測定に特化したPOC装置(FibCare®)では遠心分離が不要なので採血から数分以内に結果を確認することができます。また検査室への検体の搬送も不要なため、人的リソースの不足により測定開始までに時間が浪費されることがありません。血中フィブリノゲン濃度が迅速に測定できることはフィブリノゲン補充を適時適切に行うのに非常に役立ちます。

問 どのようなPOC凝固機能測定装置がありますか?

答 現在、臨床で活用されている主なPOC凝固機能測定装置は以下の2種に大別されます(表2)。

表2 凝固機能評価のためのPOC装置

 血液粘弾度検査装置(図1:ROTEM®):血液全体の凝固挙動を動的に可視化できる装置です。凝固因子、血小板、線溶、ヘパリン効果などを包括的に評価できます。ただし装置が高価であること、操作や結果の評価に経験や知識が必要であること、測定開始から検査結果が確定するまでに時間がかかることなどの課題があります。

 フィブリノゲン濃度測定装置(図2:FibCare®)
:血中フィブリノゲン濃度を簡便かつ迅速に測定できる装置です。検査結果が数分以内に得られるので、フィブリノゲン補充の必要性を評価できるだけでなく、補充の効果を確認して追加のフィブリノゲン補充の要否の判断にも役立ちます。その結果、フィブリノゲン補充の最適化が可能となります。

問 POCフィブリノゲン測定装置(FibCare®)で測定したフィブリノゲン値は信頼できますか?

答 FibCare®によるフィブリノゲン濃度の測定法は、通常のClauss法を応用したものです。Clauss法によるフィブリノゲン濃度の測定では、検体にトロンビン試薬を添加して測定した凝固時間をフィブリノゲン濃度に換算しているので、凝固時間に干渉する物質の存在で結果が左右されます。凝固時間に干渉する物質としては、フィブリン重合を阻害するもの、トロンビン活性を阻害するものが挙げられます。FibCare®は、用いる試薬の組成により、それらの阻害物質の影響を受けにくくしています。

問 POCフィブリノゲン測定装置(FibCare®)で測定したフィブリノゲン値と検査室で測定したフィブリノゲン値が乖離するのはなぜですか?

答 上で述べたようにClauss法によるフィブリノゲン濃度の測定では様々な因子により測定結果が影響されるので、検査室で測定したフィブリノゲン濃度の結果も、測定装置や測定試薬が異なると微妙に異なります。一般的に、フィブリノゲン濃度を測定する際のトロンビン濃度が低い場合、それだけ検体由来のトロンビン阻害物質の影響を受けることになり、疑低値の原因とされています。また、フィブリノゲン濃度を測定する際の検体希釈倍率が低い場合も、トロンビン阻害物質だけでなく、他の検体由来の阻害物質の影響をそれだけ受けることになり、疑低値の原因とされています。FibCare®では遠心分離を行わず、非希釈血液を使用するにも関わらず、用いる試薬の組成により、Clauss法よりもそれら阻害物質の影響を受けにくくしているため、検査室でのフィブリノゲン濃度より高い濃度を示す場合があります。以上のことから、両者の値が乖離していたとしても、必ずしも検査室での測定結果の方が正しいわけではありません。どちらの測定結果が患者の臨床症状を反映しているかについては、今後十分検討してゆく必要があります。
 したがって臨床現場では両者が乖離する可能性を認識した上で、最初は同じ検体を両方の方法で測定することにより乖離の程度を確認し、その後は簡便かつ迅速に測定できるFibCare®で繰り返し測定しながら、その経時的変化に基づいて臨床判断を重ねていくことが推奨されます。

問 血液粘弾度検査装置も必要ですか?

答 血液粘弾度検査装置は高価で結果の評価にも専門性が要求されますが、凝固障害の原因を鑑別するのに有用です。例えばヘパリンを中和する試薬を用いて測定することによりヘパリンの影響を評価することができます。また血餅の強度が最大になった後の推移を評価することにより線溶亢進の程度を評価することも可能です。しかし、血液粘弾度検査で線溶亢進の程度を評価するためには20分以上の測定が必要となります。そこで当院では代替手段として、FibCare®を用いたFibrinogen Challenge Test(FCT)の有用性を研究しています。これはフィブリノゲン製剤(3ℊ)の投与前後のフィブリノゲン濃度の変化から線溶亢進の程度を推測する方法です。これまでの経験からは線溶が亢進していない患者ではフィブリノゲン製剤(3ℊ)の投与によりフィブリノゲン値が50㎎/dL以上上昇するのに対して、線溶が亢進している患者ではフィブリノゲン値の上昇は50㎎/dL以下に止まることが多いようです。続報にご期待ください。

問 施設ごとのPOC装置の活用法は?

答 PPHの予防や治療には凝固機能の評価が重要で、「ベッドサイドで病態を定量的に把握できる」ことは、極めて大きな意義があります。施設規模や体制に応じて装置を使い分け、検査結果に基づいて臨床判断を行うことで、PPHによる母体死亡を減らすことに貢献できる可能性があります。例えば小規模クリニックでは「母体搬送の判断材料」として、大規模施設では「凝固因子補充療法の最適化指標」として活用できるでしょう。

2026年04月30日作成