第二回:鉄欠乏性貧血に対する高用量静注鉄剤の投与に関して -婦人科編-

奈良県立医科大学産婦人科学講座准教授
川口 龍二

 婦人科領域においては、子宮筋腫や子宮腺筋症に伴う過多月経や子宮頸がん・子宮体がんなどの腫瘍組織からの出血、また若年者における器質性疾患のない過多月経などが鉄欠乏性貧血の原因として挙げられます。

問 貧血の定義はどのようになっているのですか?

答 貧血とは循環血液量の減少で、通常はヘモグロビン濃度低下を呈する病態であり、その評価にはヘモグロビン(Hb)濃度、ヘマトクリット(Ht)、赤血球数(RBC)などを用いますが、一般的にはHb濃度が最もよい指標となります。世界保健機関WHOの貧血の定義は15歳以上の非妊娠女性ではヘモグロビン12.0g/dL未満とされています(Worldwide prevalence of anaemia
1993-2005WHO Global Database on Anaemia)。ちなみに、妊婦では11.0g/dL未満に設定されています。日本人の貧血の割合を図1に示します。男性の貧血は高齢者に多く、女性の貧血は高齢者だけでなく、生殖年齢で30~49歳までの女性にも多いことが分かります。

図1 日本人の貧血割合図1 日本人の貧血割合

問 鉄欠乏性貧血の診断基準は?

答 貧血の中で、Hb合成に必須の鉄が不足するために起こる貧血を鉄欠乏性貧血といいます。
 体内の貯蔵鉄の指標として代表的なものは血清フェリチンと総鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC)があります。鉄欠乏性貧血の診断基準は、Hb12g/dL未満、TIBC 360µg/dL、血清フェリチン12ng/mL未満となっています(日本鉄バイオサイエンス学会 治療指針作成委員会 編. 鉄剤の適正使用による貧血治療指針、2015)。鉄欠乏性貧血は男女通じて、貧血の約70%程度を占めるとされています。また、体内の鉄の評価を行う指標のひとつとして、トランスフェリン飽和度(transferrin saturation:TSAT)も重要です。TSATは血液中の鉄がトランスフェリンと結合している割合を指し、正常値は20~30%で、20%未満であれば鉄欠乏状態にあると考えれています。
 世界の女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度を図2に示します。米国や英国などの欧米先進国の頻度は5%前後ですが、日本では月経のある年代では20%前後と非常に高くなっています。日本で貧血が多い理由として考えられるのは、日本人女性に菜食主義が増えていたり、ダイエットの流行などがあると考えられます。また、経口避妊薬や低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬の普及が海外に比べて遅れていることや、海外では国策として小麦粉などの主食に鉄や葉酸を添加していることなども海外と日本の貧血の頻度の差になっていると考えられています。

問 鉄欠乏性貧血の診断基準は?

答 貧血の中で、Hb合成に必須の鉄が不足するために起こる貧血を鉄欠乏性貧血といいます。
 体内の貯蔵鉄の指標として代表的なものは血清フェリチンと総鉄結合能(total iron binding capacity:TIBC)があります。鉄欠乏性貧血の診断基準は、Hb12g/dL未満、TIBC 360µg/dL、血清フェリチン12ng/mL未満となっています(日本鉄バイオサイエンス学会 治療指針作成委員会 編. 鉄剤の適正使用による貧血治療指針、2015)。鉄欠乏性貧血は男女通じて、貧血の約70%程度を占めるとされています。また、体内の鉄の評価を行う指標のひとつとして、トランスフェリン飽和度(transferrin saturation:TSAT)も重要です。TSATは血液中の鉄がトランスフェリンと結合している割合を指し、正常値は20~30%で、20%未満であれば鉄欠乏状態にあると考えれています。
 世界の女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度を図2に示します。米国や英国などの欧米先進国の頻度は5%前後ですが、日本では月経のある年代では20%前後と非常に高くなっています。日本で貧血が多い理由として考えられるのは、日本人女性に菜食主義が増えていたり、ダイエットの流行などがあると考えられます。また、経口避妊薬や低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬の普及が海外に比べて遅れていることや、海外では国策として小麦粉などの主食に鉄や葉酸を添加していることなども海外と日本の貧血の頻度の差になっていると考えられています。

図2 世界の女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度図2 世界の女性の鉄欠乏・鉄欠乏性貧血の頻度

問 鉄欠乏性貧血の症状はどのようなものがありますか?

答 動悸、息切れ、顔面蒼白、疲労感、幻暈などが挙げられます。さらに爪の変形・さじ状爪、嚥下困難、氷などの異食症、レストレス・レッグス(むずむず脚)症候群などがみられることもあります。ただし、鉄欠乏性貧血の程度が軽度であれば無症状であることも多いとされています。

問 生体内での鉄の存在様式と鉄の代謝について教えてください

答 鉄は生体にとって生命現象を営む上で欠くことのできない必須の元素です。人体中の総鉄量は3~4.5gでその60~70%が赤血球、すなわちHb中に存在します。また、フェリチンやヘモジデリンなどの貯蔵鉄として約30%が存在し、これで殆どを占めますが、ミトコンドリア内の鉄は微量であるものの、細胞呼吸、TCA回路などのエネルギー代謝に必須とされています。
 生体は、鉄を積極的、能動的に体外へ排泄する機構を備えていません。食事からとりこまれる鉄は1~2㎎/日程度で、赤血球を貪食したマクロファージから再利用される鉄は20~25㎎/日程度と、再利用される鉄が多くなっています。この鉄利用を中心的に制御しているのが肝臓で産生されるタンパク質であるヘプシジンです。ヘプシジンが増加すると消化管やマクロファージから鉄が血中に放出するフェロポーチンと呼ばれるタンパク質が分解され、血中のトランスフェリン結合鉄は減少します。また、逆にヘプシジンの産生が減少するとフェロポーチンの発現が増加し、トランスフェリン結合鉄が増加します。すなわち、鉄代謝は半閉鎖的回路を構築し、血清鉄濃度を一定に保つように厳密に管理されています。

問 鉄欠乏製貧血の治療について

答 一般的には経口鉄剤が治療の中心となります。現在、わが国で使える経口鉄剤は5種類です。第一鉄が3種類、第二鉄はインクレミン®とリオナ®の2種類があります。2020年9月からカルボキシマルトース第二鉄注射液(フェインジェクト®)が、2023年3月からデルイソマルトース第二鉄(モノヴァー®)が使用可能となりました。ただし、静注鉄剤の適応は、副作用が強く経口鉄剤が飲めない場合、手術前などで経口鉄剤では貧血の改善が間に合わない場合、炎症性腸疾患の活動期などで内服が不適切な場合などとなります。両薬剤の添付文書には「本剤は経口鉄剤の投与が困難又は不適当な場合に限り使用すること」との記載があります。

問 婦人科領域で高用量静注鉄剤はどのような使い方が考えられますか?

答 女性の鉄欠乏性貧血の原因疾患としてもっとも多いのは過多月経とされ、40%以上を占めるとされています(Beglinger C, et al. Schweiz Med Forum. 2010;10:1‒6)。過多月経の原因となる疾患には、器質性疾患と非器質性疾患があります。貧血を改善させるためには、これらの疾患に対する治療が求められます。子宮筋腫や子宮腺筋症などの器質性疾患であれば、手術療法が優先されることになります。鉄剤を投与しながら、GnRHアゴニストやGnRHアンタゴニスト製剤により、一時的に月経をとめることにより貧血を改善させることも可能です。また、非器質性疾患であれば、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬などのホルモン療法が優先されることになります。しかし、重症の鉄欠乏性貧血や手術などの主治療を行うまで短期間しかないような際は、静注鉄剤、特に患者のコンプライアンスのよい高用量静注鉄剤が適応になると考えられます。また、手術療法を行った際に術中出血量が多く、重症の鉄欠乏性貧血を来した場合についても同様に適応になると考えられます。高用量静注鉄剤を使用する際のHb値の目安は8.0g/dL未満とされています。ただし、血圧や脈拍などのバイタルサインが異常を示している場合には、輸血療法をためらうべきではないのは言うまでもありません。

問 婦人科がんと貧血について教えてください

答 婦人科がん患者における貧血の要因は様々です。大きく分けると、①がんの進行・病態に関連した貧血と、②がん化学療法に関連した貧血があります。①については、子宮頸がんや子宮体がんなどの病変部からの出血による貧血です。また、全身状態の悪化に伴って鉄、葉酸やビタミンB12などの欠乏などにより貧血が生じることもあります。②については、Chemo-therapy induced anemia(CIA)と呼ばれ、抗がん剤による骨髄抑制が原因と考えられています。また、がん患者ではインターロイキン6などの炎症性サイトカインがヘプシジンの産生を亢進させ、その結果、フェロポーチンが分解され、鉄の利用障害が起こり、いわゆる機能的鉄欠乏症の状態になります。機能的鉄欠乏では鉄の利用障害や骨髄における鉄の需要より供給が多くなり、血清フェリチン値は正常または高値、TSATは低値を示します。がん患者の貧血をみた場合、①や②だけでなく、機能的鉄欠乏の要素が複雑に絡み合っていることに留意が必要と考えられます。
 欧州臨床腫瘍学会(ESMO)のガイドラインでは、がん化学療法中の患者のHb値が10~11g/dLで、血清フェリチン値<100ng/mLまたはTSAT<20%未満の場合、あるいはHb値が10g/dL未満で、血清フェリチン値<100ng/mLの場合には、高用量(1,000㎎)の静注鉄剤の投与が推奨されています(Aapro M et al:Annals of Oncology 29(Suppl 4):iv96–iv110, 2018)。また、National Comprehensive Cancer Network(NCCN)ガイドラインVersion 1. 2025では、Hb値が11g/dL以下またはベースラインから2g/dL以上低下し、血清フェリチン値<30ng/mLまたはTSAT<20%の場合には、静注鉄剤あるいは経口鉄剤の使用が推奨されています。NCCNガイドラインにおいて使用が推奨されている高用量静注鉄剤として、わが国でも販売されているカルボキシマルトース第二鉄とデルイソマルトース第二鉄があります。ただし、わが国では、CIAに対して両薬剤とも保険適用となっていないため、使用する場合は、鉄欠乏の状態であることを確認する必要があると考えられます。

 わが国においても高用量静注鉄剤が使用できるようになりました。一度に高用量の鉄を投与可能になり、貧血に有用な薬剤ですが、鉄過剰症、ショックやアナフィラキシーなどの重篤な過敏症、穿刺部位での血管外漏出などの報告もあることにも留意が必要です。