先天異常部より NT (Nuchal Translucency)とは何でしょうか (一般向け)

NTとは何でしょうか?

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産科婦人科種村ウィメンズクリニック
種 村 光 代
 



<はじめに>

 日本では、妊娠の早い時期から頻回に超音波検査が実施されています。今や、産婦人科医にとって超音波機器は、内科医にとっての聴診器と変わらないものになりました。一方、妊娠したお母さんやお父さんにとっても、超音波検査はまだ見ぬ赤ちゃんの元気な姿を映し出してくれる、楽しみな検査の一つでしょう。まだ数センチの胎児が動き回る姿は、誰が見ても妊娠の喜びを実感できてつわりの苦しさも吹き飛びます。
 しかし、こんな妊娠初期に、NTという言葉で赤ちゃんを評価されて、妊娠継続の不安を抱く妊婦さんも最近では少なくないようです。NT、エヌティ、nuchal translucency、胎児項部透過像・・・、いろいろと呼ばれていますが、これらはいずれも同じ、胎児の項部(首の後ろの方、つまりうなじのあたりを指します。)の超音波での見え方を意味しています。英語のnuchal translucencyを省略してNTと呼び、日本でも一番よく使用されていますので、ここではNTという言葉でお話をすすめることにします。
 赤ちゃんの元気な姿を観察するつもりでいたら、主治医の先生から突然、「赤ちゃんの首にむくみがある。」とか「NTが厚いね。」という説明を受けて、ご両親は訳もわからずどうしたらよいのか悩んでしまうようです。しかし、妊娠初期の胎児のNTは必ずしも病気ではありません。正常な胎児に認めることも少なくありませんし、胎児の向きやちょっとした姿勢の変化で数値が大きく変わってしまうデリケートな検査でもあります。
 ただ、主治医の先生が妊婦さんにNTについてご説明するにはそれなりの理由があります。つまり、正確に測定されたNTが通常よりも厚めであった場合には、赤ちゃんの染色体異常という病気の可能性が高まる傾向があるためです。ここでは、このNTについて一般の皆さんにもわかりやすく説明します。

<NTとは>

 平成17年12月、日本産婦人科医会から発刊された研修ノートNo.74「妊娠初期の超音波検査」に、NTについて詳細に記載されていますので、ここにその一部を引用します。
 NT(nuchal translucency)とは、妊娠の11週から14週頃(日本産科婦人科学会が発行した「産婦人科診療ガイドライン」では、妊娠10〜14週での測定を勧められています。)に、胎児を正中矢状断(身体の真ん中の縦向きの断面を胎児の側面から観察する方法)で、超音波で観察した時に、頚部(うなじのあたり)付近の皮膚が浮き上がってふくらんだ形に見えるものです。詳細な検討によれば、皮膚表面がとくにふくらんでいない正常の皮下組織でも超音波で黒っぽく抜けて見える像になることがわかっています。つまり、NTは基本的には頚部皮膚の厚みが描出されただけのもので、ふくらんで見える場合は皮膚が局所的に浮腫(むくみ)状になったものと考えられています。
 冒頭にも書きましたが、NTは正常な胎児にも認められます。NTがない赤ちゃんが必ずしも健常な訳ではありません。しかし、NTが厚くなると、その胎児には、染色体の異常とくに21トリソミーの危険性が高くなるという研究報告があります。21トリソミーを持つ赤ちゃんは、出生後にダウン症候群という病気を呈することが知られています。
 年齢が高めのお母さんや、以前の妊娠でダウン症候群の赤ちゃんを出産されている場合にも、その発生頻度が高くなることは以前から知られています。ただ、染色体の異常を持つ赤ちゃんが若いお母さんから産まれることは稀ではありませんし、お母さんが高齢ならば必ずしも病気の赤ちゃんが産まれる訳ではありませんね。母体年齢は一つの参考として役立ちますが、確定的な診断結果ではないはずです。そのことと同様に、超音波のサイン(NTのほかには、胎児の鼻の骨の有無、腎臓や腸の見え方などもこうしたサインの一つとして知られています)も胎児の染色体異常の危険性を推定することには役立ちますが、最終的な結果ではありません。
 逆に、NTを指摘された赤ちゃんに染色体異常は認めず、胎児の感染症や心臓の疾患が見つかって、出生後の早期治療に役立つ場合があることも報告されています。つまり、胎児の病気の確定診断をしているのではなくて、何かの病気が隠れていないかを見つける精密検査のきっかけのサインだと考えて下さい。

<NTの測定のしかた>

 測定方法については、日本産婦人科医会研修ノートNo.74「妊娠初期の超音波検査」に記載されていますので、ここでは詳細は省きます。ただ、この検査を実施する場合には、日常の妊婦健診の数分の超音波検査ではとても足りないことを、産婦人科医もご両親も理解しておくべきでしょう。
 胎児を十分に拡大して上半身を表示すること、正中矢状断で自然な首の傾きで測定すること、超音波のゲイン(簡単に言えば、超音波画面の白黒の程度を示します。)やフォーカス(写真撮影と同じで、超音波の焦点をどこに当てるかです。)、胎児の鼻の骨が確認できる断面か、羊膜と区別できるか、キャリパー(大きさを計測するときに使用する+の印)の置き方は正しいかなど、注意事項は多岐にわたります。胎児の向きや位置にもよりますが、正確にNTを測定するには10〜20分は要すると思います。
 本来は十分なトレーニングを受けた専門家が実施する検査だと考えられています。また、事前にNTについてご両親に十分な情報提供をしてから検査が行われているべきでしょう。しかし、実際には、一般の妊婦健診の超音波検査で偶然に発見されてしまうことも多いので、社会的な混乱が生じています。

<NTを見つけた産婦人科の先生へ>

 研修ノートNo.74は、医学的知識および医療レベルの向上を目的として作成された研修資料であり、NTに関しても一般の妊婦さんすべてに実施すべき検査として記載された訳ではありません。むしろ、超音波専門医レベルの判断手法情報としてハイレベル検査として位置づけられています。このことは、一般の臨床現場でNT検査を実施することを妨げるものではありませんが、計測にあたっては十分な知識とトレーニングが必要とされます。
 実際の測定には、この研修ノートに記載されている以上の医学的知識や測定技術と経験、遺伝カウンセリングの心得が必要です。欧米では、一旦、専門のNT測定の資格認定を受けても、更新を受けるために症例の追加報告が毎年必要とされています。日本でも、最近では様々な講習会や勉強会が催されていますから、健診でのNT発見を期に、このような研修を受けてみることも価値があるでしょう。
 逆に、まだ自施設ではNTについての測定経験が不十分である、あるいはこのようなスクリーニング検査のあり方自体がまだ成熟していないと考えるならば、必ずしもNTは測定しなくてもよいでしょう。大切なのは、この研修ノートの最初に記載されているように、患者さんとの十分なコミュニケーションです。たとえ超音波検査であっても、最初に患者さんへの十分なインフォームドコンセントが望まれています。もし、患者さんがNT測定を希望されるならば、そのような検査を扱っている施設へご紹介することで対応できます。
 さて、偶然であれ妊婦健診でNTを発見した場合、その結果の説明には細心の注意を払って下さい。この結果が単なる超音波ソフトマーカーであって何らかの疾患の確定診断にはならないこと、正常な胎児にも認められること、精査を待たずに妊娠継続をあきらめる必要はないことを理解していただくことが重要です。そして、少しでもご両親に心配や不安があれば、遺伝カウンセリングやさらなる高度な精査をお奨めしてください。
 妊娠週数の経過とともにNTの所見も変化しますから、速やかな対応が望まれます。計測数値だけでなく出来れば超音波写真も添付して、高次の施設へご紹介してさしあげましょう。
 なお、胎児の染色体検査さえ異常がなければあとは大丈夫という説明も望ましくありません。パルボウイルスB19などの感染症に注意を払うとともに、心臓をはじめとする胎児の形態を十分に観察し、血流や循環動態に異常がないかどうかも経過観察を続けることが有用です。

<NTを指摘されたご両親へ>

 NTという初めて聞く言葉にとまどうお気持ちはよく理解できます。主治医の先生から聞いた説明も曖昧でよくわからないというのが本当のところでしょう。実際、NTが見つかっても具体的な胎児の病気が診断された訳ではありませんから、主治医の先生にもまだ明確な説明ができないのです。
 日本では、この検査技術をどのように妊婦さんに提供してゆくべきか、はっきりとした基準がまだありません。したがって、あなたがほかの病院に通っていればNTという説明を受けなかったかもしれません。あるいは、何も指摘されなかったお母さんたちのお腹の赤ちゃんにはNTがない、みんな正常、という訳でもないのです。
 NTを指摘されても無事に健康な赤ちゃんを授かったお母さんはたくさんいます。あせることはありません。NTは赤ちゃんの病気について考えるきっかけのひとつに過ぎません。きちんとした検査をうける良い機会に恵まれたと考えてください。これまでの説明ではまだ不安が残るという場合には、NTについてさらに詳しく説明を受けたり、精密検査を予定したり、カウンセリングを受けることのできる施設をご紹介してもらいましょう。
 NTを指摘されたらすぐに羊水検査という訳ではありません。カウンセリングを受けて、詳しい超音波検査をくり返して不安が解消できる場合もあります。お母さんの血液検査で胎児の染色体異常の危険性を推定するという母体血清マーカー検査という方法もあります。ご両親が安心して赤ちゃんを受け入れることができるように様々な検査方法について十分に理解し、より良い検査の選択ができるようによく相談してください。
 NTに限らず、超音波検査は皆さんに多くの情報をもたらします。NTはご両親にとって妊娠、出産、子育ての最初のハードルになるかもしれませんが、超音波検査で赤ちゃんのほほえましい姿を見て、ほっと心が安らぐこともあるはずです。そして、超音波検査が胎児の病気の診断や治療を安全に遂行するのに欠かせないことも事実です。NT測定が、そして超音波検査がすべての赤ちゃん、お母さん、お父さんにとって有意義な医療技術になることを期待しています。

参考文献
1) 日本産婦人科医会研修ノートNo.74「妊娠初期の超音波検査」p44-p47, 日本産婦人科医会, 2005
2) 産婦人科診療ガイドライン産科編2008 p37-p41,日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会2008