先天異常部より サイトメガロウイルスと母子感染
サ イ ト メ ガ ロ ウ イ ル ス と 母 子 感 染
宮崎大学医学部附属病院周産母子センター
金子政時、池ノ上克
「このホームページは日本産婦人科医会先天異常部が推奨する指針であり、一般の医療水準を示したものではありません。
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はじめに
胎内サイトメガロウイルス(CMV)感染症は、乳幼児に神経学的後遺症を引き起こす最も頻度の高い周産期ウイルス感染症である。近年、若年者におけるCMV抗体保有率の低下に伴い、妊娠初期に妊婦がCMVに感染する機会が増え、ひいては、胎内CMV感染症の発生の増加につながることが懸念されている。
ここでは、胎内CMV感染症の取り扱い上の問題点および対応策について概説する。I.症候性胎内CMV感染症発生のリスク
CMVが胎内で感染する頻度は、全出生の0.4-1%であり、そのうち85-90%は出生時に無症状で10-15%は出生時に様々な程度の臨床症状を呈している。感音性難聴、運動障害、知能障害等の続発症状は、出生時症候性感染児の90%、出生時非症候性感染児の5-15%にみられる1)。
症候性感染症が発生するリスクとして、Fowlerらは妊娠初期の初感染をあげている2)。初感染例でも特に妊婦の中和抗体価が低ければ胎内感染が起こりやすいと考えられている。さらに最近では、Boppanaらは再感染例でも異なるCMV株に感染すると症候性胎内CMV感染症が発生することを示唆している3)。II.ハイリスク妊婦・胎児・新生児の特定
胎内CMV感染症を臨床的および医療経済的に効率よくスクリーニングするのは困難である。従来用いられたCF法は、感度が低いために有用性に欠ける。EIA法によるCMV-IgM抗体は、初感染妊婦でも陰性を示す場合や、逆に長期にわたり陽性を示し続ける例が存在するので、その臨床的意義の解釈に注意を要する。我々は、2段階に分けてハイリスクグループを特定することにより、その群から効率的に胎内感染児を診断するように努めている。すなわち、第1段階で母体・胎児・新生児の非特異的臨床所見(表1)を呈する例を抽出しCMV以外の原因検索を行う。第2段階では、前段階で原因確定に至らなかった例に対して羊水、臍帯血もしくは新生児尿を用いてPCRによるウイルス学的検索を行っている。我々の検討では、2段階のハイリスクグループ抽出により効率的(10%)に胎内CMV感染児を診断している4)。
表1 胎内CMV感染症を疑う母体・胎児・新生児の非特異的所見
母 体: 原因不明の発熱、発疹、肝機能障害、羊水量の異常 胎 児: 子宮内胎児死亡、子宮内胎児発育遅延、脳室拡大、
胎児水腫、腹水、小頭症、肝脾腫大、
腸管高輝度エコー像新生児: 点状出血斑、肝脾腫大、脳室拡大、小頭症、
上衣下嚢胞、light for dateIII.出生前診断と問題点
現在、出生前診断しても胎内治療の適応基準はなく、有効な治療法も確立していないために、出生前診断に対して否定的な意見もある。我々の検討では、胎内CMV感染児の40%が分娩時にnon-reassuring FHR pattern (prolonged deceleration もしくは recurrent late deceleration)を呈した5)。このことから、分娩時asphyxiaが原因の脳障害とCMVによる脳障害とを区別するために、胎内CMV感染児の出生前診断は重要であると考えている。
次に、診断に用いる検体であるが、羊水が一般的に多く用いられている。この際に注意すべき点は、母体感染から胎盤を通過して胎児腎から尿中へウイルスが排泄されるまでに6-9週かかるために、妊娠21週以前では偽陰性になることもある6)。
IV.妊娠中の初感染予防
日本の若年者におけるCMV抗体保有率が低下していることから妊娠中の初感染の増加が懸念されている。感染予防として、性交時のコンドーム使用と乳幼児の尿や唾液に触れる際の手袋の着用や触れたのちに手洗いを行うことが主に勧められている。子供からの感染は、保育所勤務や病院勤務者ばかりでなく、自分の子供からの感染の可能性もあり注意を要する。
V.胎児治療
胎児治療に対する見解は、現在のところ定まっていない。考えられる治療法としては、母体への抗CMV高力価γグロブリン投与、胎児腹腔内への抗CMV高力価γグロブリン投与、母体へのGanciclovir(GCV)投与、胎児腹腔内へのGCV投与などであるが、適応基準、安全性、有効性を、今後十分に検討していく必要があるものと思われる。
VI.新生児治療
米国では、GCV 12mg/kg/dayを6週間およびγグロブリン200mg/kg/dayを1週間に1度、2回投与するスケジュールで第3相臨床試験が行われ、感音性難聴の改善もしくは進行停止が得られたとの報告がある7)。今後、本疾患の治療のスタンダードとなることが予想される。
GCVの副作用として白血球減少、血小板減少、性腺に対する毒性があげられ注意する必要がある。また、GCVの治療を中止した後にCMV感染症の臨床症状が再燃することもあり、治療の中止の時期は症状の再燃と副作用の両方の兼ね合いから慎重に決める必要がある。
まとめ
胎内CMV感染症は、既知の胎内ウイルス感染の中では発生頻度が最も高い。さらに、若年者におけるCMVの抗体保有率が低下している中で、その発生頻度は益々高くなることが懸念されている8)。胎内CMV感染症は、神経学的後遺症をもたらす疾患のひとつとしてその重要性は高く、発生予防と治療法に関する研究の今後の発展が望まれる。
参考文献
- Stagno S, Whiley RJ: Herpesvirus infections of pregnancy 2. Herpes simplex virus and varicella-zoster virus infection. N Engl J Med 313: 1327, 1985.
- Fowler KB, et al. The outcome of congenital cytomegalovirus infection in relation to maternal antibody status. N Engl J Med, 236: 663, 1992.
- Boppana SB, et al. Symptomatic congenital cytomegalovirus infection in infants born to mothers with preexisting immunity to cytomegalovirus. Pediatrics, 104: 55, 1999.
- 金子政時. 先天性CMV感染症 -臨床所見によるハイリスク群抽出の検討-、ヘルペスウイルスの母子感染とその対策、ヘルペス感染症研究会80-81、2001.
- Kaneko M, et al. Intrapartum fetal heart rate monitoring in cases of cytomegalovirus infection. Am J Obstet Gynecol, 191, 1257, 2004.
- Nicolini U, et al. Prenatal diagnosis of congenital human cytomegalovirus infection. Prenat Diagn, 14, 903, 1994.
- Kimberlin DW et al. Effect of ganciclovir therapy on hearing in symptomatic congenital cytomegalovirus disease involving the central nervous system: a randomized controlled trial. J Pediatr 143, 16, 2003.
- Yamashita M, et al. A prospective study on congenital cytomegalovirus infection. Jpn J Obstet Gynecol Neonatal Hematol, 6(3), 67, 1996.