先天異常部より トキソプラズマと母子感染

ト キ ソ プ ラ ズ マ と 母 子 感 染

東京臨海病院産婦人科
鈴 木 俊 治


 

[はじめに]

 「自宅にネコを飼っているのですが大丈夫ですか?」等の質問を妊娠初期の方からいただくことがあります。多くは、ここで紹介する先天性トキソプラズマ症を心配したものです。
 本疾患は、1985年の全国調査において33万人の新生児からわずか1例の発症であったことからまれな疾患と考えられたこともありましたが、近年、小児科領域で年間10例前後の顕性感染症例報告が続いたことからスクリーニング検査の適否について見直しの時期が来ていると考えられています。

[先天性トキソプラズマ症感染経路]

 トキソプラズマはネコを終宿主とする人畜共通感染性の細胞内寄生性原虫です。ヒトからヒトへ感染することはありません。
 先天性トキソプラズマ症の感染経路は図のようにまとめられます。加熱処理の不十分な肉(馬刺、牛刺、鳥刺、レバ刺、鹿刺、レアステーキなど)に生存するシストや、土やネコの糞に存在するオーシストが経口的に初感染(小腸粘膜から進入)することによって妊婦に寄生虫血症が生じます。その後トキソプラズマは血行的に胎盤に感染・増殖し、胎児の脳などの実質臓器に波及します。母体感染から胎内感染の成立までは数ヶ月を有するとされています。
 ほとんどの症例において母体は免疫能正常で無症状ですが、妊娠中の初感染の約30%が経胎盤感染し、数%から20%に典型的な先天性トキソプラズマ症状(顕性感染:胎内死亡、流産、網脈絡膜炎、小眼球症、水頭症、小頭症、脳内石灰化像、肝脾腫など)を発症します。しかし、出生時無症状であっても、成人になるまでに網脈絡膜炎や神経症状(てんかん様発作、痙攣など)等を呈することがあり、トキソプラズマ胎内感染の実態は不明であるのが実状ですが、都市圏での頻度から少なく見積もって約0.05%(年間約600人)の発症と推定されています。
 また、トキソプラズマの垂直感染率は妊娠初期では数-25%くらいであるのに対して、妊娠末期では60-70%と妊娠週数にともなって上昇しますが、先天性トキソプラズマ顕性感染(重症感染)の危険率は妊娠初期では約60-70%に対して妊娠末期では約10%と妊娠初期の感染ほど重篤化すると報告されています。
本症の予防対策として、CDCでは、
 1) 食用肉はよく火を通して調理すること、
 2) 果物や野菜は食べる前によく洗うこと、
 3) 食用肉や野菜などに触れたあとは、温水でよく手を洗うこと、
 4) ガーデニングや畑仕事などでは手袋を着用すること、
 5) 動物の糞尿の処理時は手袋を着用すること、
 6) 妊娠初期から予防や抗体検査につとめること、などをあげています。

図:トキソプラズマの感染経路


[トキソプラズマ胎内感染の診断]

 以上から、先天性トキソプラズマ症の予知として妊娠中の母体トキソプラズマ初感染の有無が重要です。妊娠中、初期および中~末期、もしくはトキソプラズマに曝露した可能性がある時期から2週間後に抗トキソプラズマ抗体(PHAまたはLA法)を測定し、ペア血清で4~8倍以上の抗体価上昇もしくは陽性化が認められれば初感染であると診断します。また、トキソプラズマ特異的IgM抗体が陽性であることは最近の感染の可能性が高いことを示唆しますが、疑陽性が多いことも指摘されています。
 近年、専門施設にコンサルトすることによってトキソプラズマIgG抗体のアビディティ(抗原結合力)を測定することが可能になりました。感染初期にはIgG抗体のアビディティは低く、時間とともに強力になっていくことから感染時期の推定することが出来ます。これによって妊娠初期にIgMが陽性であった妊婦の約80%は妊娠前の感染であると診断され、不必要な中絶や羊水診断、薬物療法が回避できることが報告されました。
 以上が妊婦へのトキソプラズマ初感染の診断ですが、胎内感染を診断するには妊娠17週以降に羊水穿刺をおこなってPCRを用いたトキソプラズマの遺伝子診断をおこないます。

[トキソプラズマ感染妊婦の治療:先天性トキソプラズマ症の予防]

 アセチルスピラマイシンを早期から服用することによって胎内感染率の約60%の低下が報告されているため、妊娠中のトキソプラズマ初感染が否定できない場合は極力早期に服用を開始します。本剤は胎盤に移行することによってトキソプラズマ原虫の胎児への感染を予防するため、羊水検査によって胎内感染の診断が確定した症例では効果がありません。本剤は、一般的に2g/日を上限とし、作用時間が4-6時間とされているため分4-6で内服しますが、妊娠中の処方例としては1,200mg分4、21日間投与および14日間休薬を1クールとし、羊水検査にて胎内感染が成立していない限り分娩まで継続します。(付記:アセチルスピラマイシンの2005年4月時点での本来の適応はブドウ球菌、連鎖球菌、肺炎球菌、梅毒トレポネーマであるため、使用時には、保険適応の再確認および十分なインフォームドコンセントが必要です。)
 羊水検査で胎内感染と診断された症例では、胎児胎盤間における駆虫効果がアセチルスピラマイシンよりも強いファンシダール(R)(ピリメタミン25mg、スルファドキシン500mg)に変更し(初日1回2錠、翌日から1回1錠)、定期的に胎児異常(脳室拡大や脳内石灰化、肝腫大、腹水、羊水過多など)の有無をチェックします。ピリメタミンは催奇形性が報告されているため妊娠16週以降の投与とし、葉酸に拮抗し骨髄抑制作用があるため、適宜血液像等をチェックしながら葉酸を適宜併用します。(付記:ファンシダールの2005年4月時点での適応症はマラリア感染であり、また、医薬品情報では妊娠または妊娠の可能性のある女性に対する使用は本来禁忌となっています。よって使用時には、保険適応の再確認および十分なインフォームドコンセントが必要です。)