日産婦医会報(平成24年6月号)

不妊治療施設における患者教育と説明について

医療法人浅田レディースクリニック  浅田 義正

最近の不妊治療現場では

 少子高齢化、非婚化、晩婚化、晩産化は不妊治療にも大きな影響を与え、原因究明不妊治療から原因不明加齢要因の不妊治療に変わってきた。「結婚適齢期」、「高年初産婦」も死語となり、仕事優先で、落ち着いたら結婚、妊娠、出産という考え方が主流になった。避妊教育としての性教育は普及しているが、妊娠教育が十分でないため、40歳を過ぎても避妊をやめれば、すぐに自然妊娠できると誤解している人も多い。30〜40%の患者が40歳以上になり、高齢でのハイリスクな妊娠・分娩・育児を考慮すると、不妊治療をどこまで容認すべきかは重大な問題である。

患者説明会の実施

 当院では不妊治療を始める前に説明会を実施している。多くの患者は月経があるうちは妊娠可能、月経が始まってから卵子はできてくる、いくつになっても妊娠率・流産率が変わらない、自分の努力でなんとかなる、体外受精は万能だと思っている。妊娠成立がゴールではなく安全な妊娠経過、分娩、育児等を考慮すべきと説明している。特に「卵子の話」について正しく理解してもらうために努力している。

卵子老化の衝撃

 先日、NHK クローズアップ現代で「産みたくても産めない−卵子老化の衝撃」という題で卵子の話が紹介された。年齢とともに原始卵胞が減少することは周知の事実である。原始卵胞は生まれる前に500〜700万個に一度増加し、生まれた時点で約200万個、初経時には30万個に減少し、1カ月で約1,000個の割合で恒常的に排卵・月経・治療の有無に関わらず消滅している。35歳くらいでは生まれた時の1〜2%の原始卵胞しか残っていない。卵子は精子と違い、新しく産生されず老化し、しかもその数も急激に減少する。その結果、妊孕能も劇的に低下する。

 この事実を一般の方に説明すると衝撃を持って受け止められる。もっと衝撃的なことは卵巣予備能が年齢と相関せず個人により違うという事実である。卵子の老化・卵子の減少・妊孕性の低下・卵巣予備能の個人差の4つの衝撃を訴えたい。

AMH(抗ミュラー管ホルモン)

 卵巣に残っている卵子の目安としての卵巣予備能のよいマーカーとしてAMH が注目されている。AMH は前胞状卵胞と小胞状卵胞の顆粒膜細胞から分泌され、残っている原始卵胞の量と相関する。小さい卵胞から多く分泌され、卵胞発育に伴って分泌が減少するため基本的に月経周期に左右されない。AMH は正規分布せず標準偏差が非常に大きく、正常値を設定できない。また低値が多く中央値は平均を下まわる。変動係数、測定誤差が大きく短期間の変動をみても意味がない。AMH がほとんど0であっても妊娠不可能でなく、受精卵ができれば妊娠率は年齢と相関する。その特性を理解し治療方針決定の判断に利用したい。不妊患者以外の女性について調べても、AMH は同様の分布を示す。30歳を過ぎれば卵巣予備能が低いことは稀ではない。それまでに妊娠・出産を終えていたら何の支障もない。妊娠・出産していても卵巣予備能の低下に気づいていない者も多い。卵巣予備能について「卵巣年齢」という発想、説明は適切ではなく、誤解のもとになる。

加齢と流産

 流産率は一般的に10〜15%と記述されていることが多いが、年齢とともに流産率が上昇することは意外に一般の方に知られていない。35歳くらいで30%、40歳で50%、統計的には43歳くらいで妊娠してもほとんど流産となる。30代後半以降の出産が多くなった時代に、反復流産・習慣流産・不育症に年齢の規程がないのは誤解を生み、不備である。

おわりに

 これからの産婦人科医療にとって、激増する高齢患者の受け入れは、不妊治療だけでなく産科においても医療経営上避けては通れない喫緊の課題である。高齢者にとって卵巣予備能評価はより重要であるが、残念ながら今のところAMH の保険適応はない。早く保険適応となり誰でも気軽にAMH が測定できる日を夢見ている。がん検診のように30歳になったら一度AMH の測定を薦めたい。卵子について教育・啓発を進め、個人の卵巣予備能評価を女性の人生設計に役立ててほしいと願っている。