日産婦医会報(平成23年6月号)

福島県立大野病院事件の波紋−事故調をめぐって

日本産婦人科医会常務理事 石渡 勇

はじめに

 医療事故調査に係る制度案(事故調案)は混迷の真っ只中である。法的安全弁(医療関連死は法的な届出義務を課さない)のかかった医療提供環境を構築する必要がある。

時代背景

 児玉安司氏は医療の30年間を振り返り、時代の背景から3つの時期と現在に分けて考察している。

  1. 嵐の前(1998 年まで):カルテ開示が囁かれていた時代、

  2. 医療不信の 時代(1999〜2006):横浜市大患者取り違え事件、都立広尾病院事件(ヒビテン誤注)、杏林大割り箸事件があり、主要新聞における「医療事故」記事件数が年間383から一気に10倍の3,047件になるなどマスコミを中心とする医療バッシングの時代、

  3. 医療崩壊の時代(2006〜2010):医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か(小松秀樹著)に象徴。そして私も医療再建の時代

  4. 2010〜:絶望の現場 から希望の医療へ(井上清成著)に入ってきたと感じる。 マスコミの論調も医療の本質(生命の複雑性、多様性、医学の限界による不確実性)を語るようになってきた?ようにも思える。医師会が提言をだすのは今がチャンスである。

福島県立大野病院事件

 本事件は国家権力の横暴と言わざるを得ない。医師の逮捕、さらには逮捕した警察官を表彰するという前代未聞の暴挙が行われたのである。本件は刑事裁判で争われることとなった。本裁判で医療側が有罪ともなれば医療は立ちいかなくなる。検察は威信(勝訴率99%)をかけて最高裁まで戦うであろうと考えた。ところが、福島地裁は「産科医に無罪判決」を下した。判決では、医師に刑罰を科す基準となるのは、ほとんどの医師がその基準に従った医療措置を講じていると言える程度のことができない場合だけとし、本件は“過失にあたらず”とした。検察は控訴を断念し結審した。医療側からみれば絶賛快挙である。しかし、これで、医療界は安心して医療を提供できるのであろう か?答えはノー。医師法21条(異状死の届出義務)と刑法 211条(業務上過失致死傷罪)が大ナタを振るえば瞬時に して萎縮医療に陥ってしまう。大野事件が契機となり、医療関連死の取り扱いおよび医師法21条について日本医師会を中心に医療界で議論が高まった。

医師法第21条

 源泉は明治期にある。立法趣旨は、医師が死体に異状を発見した場合、犯罪に関連する場合もあり、犯罪の発見を容易にすることや、伝染病予防のための公衆衛生上の観点から届け出義務を定めたものである。医療関連死などは想定外であった。1994年には日本法医学会は異状死ガイドライン(診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いのあるものを異状死とした)を発表し、1995年に厚労省 もこのガイドラインを支持した。またいくつかの学会も警察への届け出ガイドラインを発表し、医療事故に警察が関与する方向性を強めてしまった。
すなわち、

  1. 診療関連死 は異状死に含まれる、

  2. 診療関連死は警察へ届け出なけれ ばならない、

  3. 届け出が刑事訴追の端緒となっている、

  4.  届出義務を怠れば刑事罰がある、

マスコミの医療バッシングもこの流れを助長した。冷静に再考する必要がある。

事故調案

 医療安全調査委員会設置法案(厚労省大綱案)、民主党案、全国医師連盟試案、日本医療法人協会案、日本救急医学会案、等が出されたが未だに結論がでていない。日本医師会(原中勝征会長)は会内に「医療事故調査に関する検討委員会」を立ち上げ、医師会としての事故調案提言をまとめることとなった。

終わりに

 まずは、関連団体から発出された医療関連死に関するガイドラインを撤廃し、足かせを取りはらって、医師法21条の原点にもどり検討すべきである。
 基本的には、