日産婦医会報(平成22年6月号)

交通事故患者診療時の診療費請求に関する留意点

医療対策委員会統括委員長 小関聡

 

はじめに

  妊婦の交通事故は統計上「妊婦」という項目が存在しないため、その実態は正確には把握されていない。妊婦のシートベルト着用については、医会報には2002年、産科ガイドラインには2008年にCQ が掲載され、着用への啓発が進みつつある。しかしながら、毎日かなりの妊婦が事故で医療機関を受診している事実に変わりなく、治療費の請求面での対処に苦慮することも多い。本項では日常の交通事故対応における請求上の留意点について述べる。

受診契約は

 あくまでも医療機関と受診者である。受診者が事故の被害者とは限らない。加害者が怪我をして医療機関に搬送されることもある。どのようなケースであっても、医療機関は受傷者に対して治療に専念することに変わりない。一方交通事故は後になって過失割合の裁定がなされるため、被害者と言っても何らかの過失割合を有することも多く、場合によっては過失割合6割以上となり被害者と加害者が逆転することもある。最終的な認定は裁判によるが、大半のケースでは交通事故損害賠償算定基準(同名書籍として一般販売されている)に照らして損保会社が行っている。

治療費は誰に対して請求するのか

 医療機関は治療を施した患者に対してのみ請求権を有する。患者は加害者に対して損害賠償請求権を有し、一旦医療機関に支払った後にその領収書記載額を治療費としてその他慰謝料等を加えて請求する。したがって患者から「治療費は加害者が払うべきだから、そちらからもらってくれ」と言われても拒否できる。しかし加害者が窓口に支払いに来ることは滅多になく、支払い時までには損保会社が動き出し、そちらから支払われる形になるのが通常である。【健康保険の適用を求められたら】交通事故の支払いは、原則的には自賠責(強制保険)を用いる。その限度額を超えた場合は任意保険を適用するのが原則である。しかし、加害者の負担能力もあり、健康保険を使ってほしいと申し出る場合がある。この場合健康保険施行規則第65条により、「第三者の行為による被害の届出」を患者が保険者に行うことが必要である。しかし、最近は保険者側も財政事情を楯に拒否することもある。過失割合に争いが生じた場合には決着するまでは損保会社からの支払いはなく、しかも被害者の過失分は損保会社から支払われないためだ。医療機関側も、前述の届けが受理されたか否かを保険者に確認する必要がある。適用の場合、診療は療養担当規則に則って行うことが求められ、当然のことながら制限が付きまとう。また、後になって患者が交通事故関連の書類(自動車保険の診断書、後遺症の診断等)を求めてもそれに応じなくてよい。医療機関は保険診療のデメリットを患者に説明し、書面に残すことを勧める。

一括支払い

 患者の支払いを軽減するという目的で、一括支払いという損保会社の保険商品がある。この場合患者は窓口で支払わなくてよいと説明されているのだが、落とし穴がいくつかある。治療費の請求は自費で行うが、損保会社が減額を求めてくることがある。医療機関が必要と判断しても「過剰検査だ」と言ってくることがある。保険診療の場合、支払基金が一定の基準を設けて審査するが、損保には統一的基準がなく、担当者の裁量により減額を求めてくる。損保会社の不当な求めには拒否すべきであり、そのためにもカルテの記載は不備の無いように注意が必要である。

請求の実際

 診療単価は自費診療であっても上限がないわけではない。1点25円の判例があるが、最近は20円が主流である。裁判では、「必要かつ相当な実費全額を認める」としている。

おわりに

 重傷例を扱う高次医療機関では詳しい事務担当者に任せればよい。しかし、一次医療機関の場合には、慣れない取り扱いに苦慮する。本文の内容は原則論的なもので、交通事故の医療費支払いにはローカルルールが存在し、地域によりばらつきがあるのが現状である。ネット上には支払い方法を巡って医療機関を非難するサイトも見られるが、医療機関は冷静な態度でそのメリット、デメリットを説明する必要がある。少なくとも医療機関側の知識不足のため不要なトラブルに巻き込まれないように、都道府県医師会担当者に早めのご相談をお勧めする。