日産婦医会報(平成20年12月号)

労働基準法と産婦人科医

医療対策・有床診療所検討委員会委員 田中 啓一


I.医師の業務と労働と報酬の対象

 業務とされるものの全部が労働とみなされてきたわけではない。また労働とみなされたものすべてが報酬支払いの対象だったわけではない。むしろ業務だけれども労働ではないとされてきた領域が広大である。同様に労働とみなされてはいても報酬の支払い対象ではなかった領域も広大である。この点の改善なくしては産婦人科医療体制の更新はむずかしいものとなる。

1.医師の業務に含まれるもの

(1) 患者に対する診療

 医師の労働の中心にある。その周辺には自己研鑽(自らが教育を受けること)と後輩医師に対する教育がある。どのような職種であれ、後続を育てることがその職種の存続を左右する。

(2)産婦人科医の業務の特色

 臨床は、1.外来診療、2.手術、3.処置、4.分娩介助、5. 当直、6.オンコール待機の6種類から構成されている。さらに上記1.2.3.に伴う患者への説明、カルテ作成、種々の書類作成がある。

(3)医師の業務に関して語られてきたもの

 総労働時間に関しては、近年、調査や分析が公表されるようになってきた。中井章人先生がまとめられた調査がある(女性医師の3分の1が妊娠・育児中! 勤務医就労環境と女性医師支援の実態−医会全国調査(2008.7))。

II.労働基準法

1.労働時間

 制定は昭和22年(1947年)であり、厚生労働省が同法を所管する。よく知られた労働時間規制によれば、1週間当たりの労働時間は40時間内と定められている。1日当たり労働時間が8時間の場合、8時間×5日=40時間となる。週休2日社会がこうして基礎付けられる。同法には休憩時間が義務付けられていて、0.75時間以上とされる。したがって、1日当たりで計算すると8.75時間の拘束時間となる。法違反には罰則が適用される。

2.残業と報酬

 時間外労働は残業とみなしてよいので、残業について触れる。残業については、時間単価で25%以上の割増とされる。時間当たりの単価を計算し、それを元に、1.25倍にする。労働時間8時間(拘束時間8.75時間)に残業1時間が加わると、労働時間9時間(拘束時間9.75時間)となる。さらに1時間残業を延長すると、労働時間10時間(拘束時間10.75時間)となる。労働時間が増えていくのに対して、報酬も1次関数として増やされる。報酬は残業の時間単価 ×残業時間数の式で計算される。
 ここに大きな陥穽がある。労働強度の観点が欠落しているのである。1日は24時間であり、人間の生活リズムは24時間単位である。労働強度の観点からみると、1時間の残業をするたびに労働強度を仮に2倍としてみよう。つまり労働時間が1時間増えるごとに2倍の負荷となる。2次関数である。しかるに報酬は1次関数としてしか増えていかない。
 残業時間について上限の規制は存在しない。こうして超長時間労働が現出する。

III.医療安全から見た総労働時間規制

 総労働時間規制は医師に人間らしい生活を保障するために必要である。同時に患者に対して良質の医療提供を保障するためにも必要である。ところで週40時間労働と完全3交代を実現するためにはいかなる人数の医師が必要になるのだろうか? 計算によれば、1人の医師が常駐するためには4.2人の常勤医が必要である(24時間×7日÷40時間=4.2人)。2人が常駐するためには常勤医が8.4人必要である。これだけの産婦人科医が勤務する病院が全国にどのくらいあるのだろうか。
 労働時間問題の解決策の一つとして集約化が進められているが、医療安全を唯一の目標として中央集権的に医師配置を行えば、現在の産婦人科医療体制は大きく損なわれ、その結果、現に達成している医療成果は毀損されるだろう。
 医療安全と医師に人間らしい生活を保障することの双方を達成するためには、地域ごとに作り上げられたシステムを上からの一方的な施策で破壊することなく、その地域の医師が主体となって取り組むことが望まれる。