日産婦医会報(平成16年11月)

医師と法規(2)

医療対策委員会副委員長 小関 聡


 前号に引き続き医師と法規について述べる。

日常の医療と法規

 日常の医療に直接かかわるものは、前号で述べた通達と判例が多い。
 さて、母体保護法を例にとり法規の構造を簡単に説明したい。誌面の関係で、人工妊娠中絶実施時期とその周辺に絞らせていただく。
 母体保護法では、第2条に「人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」とのみある。具体的週数は決められていない。
 法律の次位にくる政令の母体保護法施行令は、指定医師証交付等に関して都道府県知事の役目を述べているだけであり、ここにも週数に関しては触れられていない。
 その次の省令である母体保護法施行規則では、指定証や報告書、報告票(実施週数を記載)の様式等が定められている。
 では実施可能な週数はというと、事務次官通知により定められている。平成2年、優生(当時)保護法下で、「妊娠24週から22週未満に引き下げる」というのが現行である。さらに話は続く。「人工妊娠中絶を実施できる時期の判定は、(中略)指定医師が個々の事例において医学的観点から客観的に判断するものであること」との通知が、保健医療局精神保健課長から同じ日付で出されているのである。以上の例からお分かりのように、国会で立法された法律は、さまざまな行政機関、部署から出された“多層的”な運用規定によってその効力を持つようになるのである。
 通達の内容は多岐に及ぶ。最近では平成15年11月と同16年4月の2度にわたり、健康局結核感染症課長から「風疹の流行と予防接種の推進」という通達が出た。風疹抗体を保有しない女性に予防接種を受けるように勧めてくださいというものである。通達には、母体保護法のように強制力をもつ命令的なものから、今回の風疹のように“お願い”的なものまでさまざまである。

医師が知っているべき法律

 医師国家試験出題基準に掲載されている法律を以下に掲げる(誌面の関係で一部の法令名を省略または略称とする。詳しくは平成17年度医師国家試験出題基準を参照願いたい。本会HP「医療と医業」の頁にはすべて掲載)。
 旧来からあるものとして、医師法、医療法、死体解剖保存法、死産届に関する規定、献体に関する法律、薬事法、毒物劇物取締法、麻薬・向精神薬取締法、覚せい剤取締法、母体保護法、母子保健法、学校保健法、労働基準法、健康保険法、国民健康保険法、生活保護法、刑法などがある。比較的新しいものとしては、臓器移植法、感染症予防法、児童虐待防止法、DV 防止法、介護保険法などがある。
 また、水道法、下水道法、建築物衛生法なども含まれる。「何でこんな法律まで」と思われるだろう。だが、これらの法律は医師が当然知っているべきものとされ、これを知らずに患者や社会に不利益や損害を与えた場合は、責任を問われることもありうる。これらに関連する政令・省令・諸通達に関しても、同等の責任があると考えられる。

法規をどのようにして知るか

 医師が弁護士なみに、法規の制定や改正の度に職務として目を向けるのは不可能である。日本医師会、日産婦学会や本会には政府や省庁(大部分は厚労省)から必要に応じて通達が届く。それらは、日医雑誌・新聞、日産婦学会誌や日産婦医会報、そして本会各支部を通じて会員に伝えられる。HP に掲載されるものもある。条例や地方の規則は地元医師会や本会支部に届き、そこから伝達される。母体保護法など特殊なものは「指定医師必携」なるものを作成し、なおかつ指定医講習会を毎年実施している。そのような伝達機構を単なる上意下達の悪習と思わず、活用していただきたい。

おわりに

 法治国家で医療と医業を営むには法規を遵守する義務がある。しかし法規の中には、必ずしも現状にそぐわず患者や社会のために役立たない(と予想される)ものがある。また、早急に制定しないと取り返しのつかないものもある。少子化のこと、無過失補償制度、産婦人科医の希望者減少対策や待遇改善などしかりである。そのような働きかけを国や社会にすることもわれわれの責務である。

※ ※ ※

平成17年度医師国家試験出題基準では関係法規として以下の法規があげられている。

A 医事

  1. 医師法
  2. 医療法
  3. 刑法(秘密漏示の禁止、堕胎の禁止、虚偽私文書作成禁止)
  4. 死産の届出に関する規定
  5. 死体解剖保存法
  6. 臓器の移植に関する法律

B 薬事

  1. 薬事法
  2. 毒物及び劇物取締法
  3. 麻薬及び向精神薬取締法
  4. 覚せい剤取締法

C 地域保健

  1. 地域保健法
  2. 健康増進法

D 母子保健

  1. 母子保健法
  2. 母体保護法
  3. 児童虐待の防止に関する法律

E 成人・老人保健

  1. 老人保健法
  2. 配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV法)

F 精神保健

  1. 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)

G 感染症対策

  1. 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)
  2. 検疫法
  3. 予防接種法
  4. 結核予防法

H 食品衛生

  1. 食品衛生法

I 学校保健

  1. 学校保健法

J 産業保健

  1. 労働基準法
  2. 労働安全衛生法
  3. 労働者災害補償保健法
  4. 塵肺法

K 環境保健

  1. 環境基本法
  2. 公害健康被害の補償等に関する法律
  3. 水道法
  4. 下水道法
  5. 廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃棄物処理法)
  6. 建築物における衛生環境の確保に関する法律(建築物衛生法)

L 医療保険

  1. 健康保険法
  2. 国民健康保険法

M 社会福祉・介護

  1. 老人福祉法
  2. 生活保護法
  3. 児童福祉法
  4. 遺伝及び母子感染症に関する法律
  5. 障害者福祉法
  6. 身体障害者福祉法
  7. 知的障害者福祉法
  8. 介護保険法

N 個人情報保護法