日産婦医会報(平成14年4月)

フィンランドの出産ケア事情

東京都葛飾赤十字産院 竹内 正人


はじめに

 2001年8月、家族中心の出産ケアを行っているフィンランドにて、出産サービスの現状とその政策的推移などを調査する機会を得た。本稿ではその一端を紹介し、今後の日本の産科サービスのあり方について考えてみた。

フィンランドの国土

 国土の総面積は日本とほぼ同じだが、約4分の1が北極圏で、人口約510万人(人口密度は日本の4.6%)である。日本と同じく少子化問題を抱えるが、年間出生数約6万人の国では、人口減少は国力の低下に直結する。したがって同国では、「子供は国の宝」という考え方が徹底されている。
 この国は、男女平等の概念を世界に先駆けて確立したことでも有名である。西欧で最初に婦人参政権(1907年)を認めたほか、働く女性が安心して家庭を築き出産できるという社会保障を充実させて、女性の社会進出を促進しながら、出生率低下を抑えたシステムを作り上げてきた。

フィンランドの出産ケアシステム

 フィンランドでは、政府の強力な主導のもとに、効率を優先した中央集権的出産ケアを確立してきた。
 女性は妊娠すると地域の保健センターで健診を受ける。以前は助産婦が健診を担当していたが、1972年の公衆衛生政令(Public Health Act)により、助産婦は病院内に入り、健診は公衆衛生看護婦とGP(一般医)によって行われるようになった。彼女たち(GPも含め)は、妊婦のみならず、小児から老人まで広くケアをする。しかし、あるレベル以上のハイリスク妊婦は、病院へ紹介されるというレファランス(紹介)の基準はしっかりしている。妊婦は妊娠中に3回、病院を受診する。特に、初期の胎児超音波スクリーニングは重視されている。
 出産は、原則として、定められた病院圏内の施設を女性が選ぶセンター化システムが採用されている。選ばれる病院側は、分娩数、すなわち、いかにして消費者に支持されるかにより予算が配分されるという、社会主義経済の中に取り入れた自由競争の影響を受け、消費者に対する意識は、日本の公立病院とは懸け離れている。年間分娩取り扱い数は、少ないところでも500、多くは3,000から5,000近くのケースを扱っているが、どの施設でも丁寧なケアが受けられる。また、病院の静かさ、清潔さ、スペースのある作り方は、印象的であった。

フィンランドの出産

 フィンランドは、医師数の不足から助産婦が出産の中心的役割を担ってきた歴史があり、現在でも産科医は、リスクグループ中心の「産科医療」を行い、正常産には関わらない。
 出産時の配偶者立ち会いは84%と、日常的に行われている。産後は3、4日入院するが、夫や子供とともに過ごせる「家族部屋」が用意されている施設が多く、出産、産後の時間を父親や家族と分かち合うことを推奨している。退院後のケアは、健診を受けていた保健センターで行われる。

フィンランドの助産婦と助産婦教育

 4,220人の助産婦が登録され、約2,000人が活動している(産科医は584人、保健センターで妊婦健診に関わるGP1,950人、同じく公衆衛生看護婦は12,941人、2000年)。
 フィンランドは、日本同様nurse―midwife の制度を取り入れており、看護教育を3年半、それに引き続き1年間の助産教育を行っているが、助産婦になるためには40例の出産(EU基準)、100例の産前健診、100例の新生児ケアの実習が義務づけられている。40例の出産実習が定められていることは、質の高い助産婦を確保することへの政策的コミットメントを明確にしているといえよう。助産婦は、人気の高い職種であり、優秀な学生が集まる。

おわりに

 フィンランドの出産ケアは、システムとしては驚くほど整然と機能しているが、同一施設で継続ケアができないためか、医療者と消費者の人間的関係は、希薄となりがちに感じた。翻って、日本の自由診療というシステムの柔軟性について改めて認識させられた。しかしその一方、日本には出産のケアに対しての基準や方針、とりわけ家族を中心としたケアが欠如していることも痛感させられた。昨今の日本では、助産院で分娩を希望する妊婦が少なからずいるが、彼女らは診療所や病院では得られないものを求めているのである。フィンランドの現況を通じ、日本でも、産む女性・家族を中心にしたケアを取り戻そうとする動きがいかに重要であるかを再確認することとなった。