日産婦医会報(平成12年12月)

不妊手術および人工妊娠中絶の実態
 - 平成11年母体保護統計報告より -

日本産婦人科医会医療対策委員会委員 小関 聡


はじめに

 平成6年の世界人口会議での「行動計画」、7年の世界女性会議の「行動綱領」を受けて、10年にわが国の優生保護法も「優生思想」「障害者差別」の部分が削除され、母体保護法に改定されたが、同時に性と生殖に関する健康、権利の観点から女性の健康に関する施策に総合的検討を加え、よりよい法律にするよう付帯決議がなされた。日母はこれを受けて、近未来の思想の転換を考慮し、各界の意見を勘案し問題点を整理して提言(日母医報5月号付録)を行っているところである。
 本稿では、平成11年の母体保護統計報告から不妊手術、人工妊娠中絶の実態を紹介し、医療従事者の立場から中絶件数の増加をどうみるか、そしてどのような対応が必要か医療対策部で考えてみた。

不妊手術の実態

 平成11年の不妊手術件数は3969件、実施率(15歳以上50歳未満人口10万対)は6.6で、前年に比較して件数は234件減少し、実施率は0.3ポイント低下している。性別にみると、男性は18件、女性は3951件である。
 年齢階級別の割合でみると、30-34歳が約41%と最も多く、次いで35−39歳が28%、25−29歳が22%となっている。
 男性の実施件数は平成になって50件を割っている。今後低用量ピルが浸透すれば、不妊手術の件数はさらに減少すると予想されるが、帝切時の卵管結紮術などは一定数発生すると考えられる。

人工妊娠中絶の実態

 平成11年の人工妊娠中絶件数は、33万7314件で前年より4094件増加し、実施率(15歳以上50歳未満女子人口千対)は11.3で0.3ポイント上昇した。総数と実施率の推移件数は昭和30年の117万件50.2、昭和60年の55万件17.8、そして平成7年の34万件11.1と、同年以後横ばいが続いている。
 平成11年の年齢階級別割合と、その実施率の動向をみると、20-24歳が全体の約24%と最も多く上昇傾向に、25-29歳が21%で横ばい、30-34歳が18%で減少傾向にある。これに対し20歳未満は3万9637件(実施率10.6)で全体の12%であるものの、前年の3万4752件(9.1)、平成9年の3万984件(7.9)に比べ激増していることが注目される。
 都道府県別実施率では、高知県の18.4、大分県18.2、佐賀県18.1の順で、一部例外はあるが、九州、四国と東北、北海道で高い傾向にあり、東京、大阪とその近郊では低い。ちなみに低い方は奈良県が5.1、山梨県7.3、千葉県と埼玉県が8.0である。
 実施週数別構成割合は、総数では妊娠7週以前が全体の56%、8-12週未満が38%と、12週未満が94%を占める。年齢階級別にみると、年齢が上がるにつれて実施時期が早くなり、35歳以上では62%が7週以前である。これに対し20歳未満は7週以前が46%で、12週以上が11%である。
 妊娠に気が付くのが遅れることや、気付いても相談相手がいないために産婦人科を受診するのが遅くなるためと考えられる。人口動態統計によると、平成11年の母体年齢14歳以下の出生数は48件あり、前年に比べ14件の増加である。

まとめ

 毎年以上のような統計が発表されると、実効性のある性教育や確実な避妊法の必要性が叫ばれる。確かに望まれない妊娠は避けなければいけない。未成年・未婚の場合、一旦妊娠と判明すると母性に目覚め産むと決心する人、逆に中絶に走る人がいるが、産むか産まぬか迷う女性も少なくない。問題は最終的な決断に至るまでの過程にある。
 未成年である、未婚であるというだけで、本人の意志に反して周囲の者に押し切られる形で同意書を持ってくる女性、結婚はしているが、出産したら退職せざるを得ないので産めないというキャリアウーマンが後を絶たない。どちらも安心して出産し子育てできる制度や環境が整っていないために、やむを得ず産まない方を選択したのであろう。
 母体保護法の改定が成立すれば、妊娠12週未満では、産むか産まないかの自己決定権が認められることになろう。しかし、それだけでよいのだろうか。中絶の権利のみが一人歩きし、産むことを選択した女性が肩身の狭い思いを強いられるとすれば、日本人女性の性と生殖に関する健康と権利が保証されたとは言えない。状況によっては中絶件数の増加、少子化に追い打ちをかける可能性もある。妊娠、分娩、子育てを見つめる日本人の意識改革、ひいては社会構造そのものを改革する大胆な政策が必要である。
 さらにこのような状況下で産婦人科医には、単に性教育や避妊指導で不要な中絶を減らすのみならず、女性の総合的な健康教育を通じて母体保護に携わるという、より重要な役割が求められよう。