日産婦医会報(平成12年10月)

情報化時代の妊婦、患者さん

日本産婦人科医会医療対策委員会委員 野原 士郎


はじめに

 一瞬のうちに多くの人たちと意見交換を行い、あらゆる医療情報が誰にも簡単に入手できる時代となった。今回はそんな時代の妊婦さんや患者さんの一端について述べる。

インターネット上の妊婦、患者さん

 インターネットで、掲示板->健康と医学->女性->妊娠出産と辿って行くと全国の妊婦さんたちの声がドッと画面に現れてくる。ここでは自分が決めたニックネームを名乗るだけなので名前が明らかになることはなく、極めて自由にあらゆる疑問や話題が発信され交信される。
 「来年3月出産予定の方いますか」に対し発信、返信含めて400通の投稿があり、「中絶後の心と身体についてお話ししませんか?」に対し340通。「体外受精について」は190通。「妊娠初期の流産経験者」に対しては実に3000通。「30代です。不妊治療をこれからするのですが」に対して1060通の投稿が記録されている。
 「○○市内のいい産婦人科を教えてください」というのも多く、「静岡市内のいい産婦人科」に対し115の投稿が寄せられた。
 これがもっと限られた地域での情報ページとなると、さらに各論的となり「A医院とB病院についての情報を教えてください」、「C医院の看護婦は態度が横柄」、「D病院は並んで診察を受けるので医師の説明が筒抜け」、「E病院で死産した、診療内容に不満がある」などなど。
 これらの投稿に際しては、個人的な批判や誹謗中傷はしない、広告に類することはしないなどの規制があり、抵触すると削除される。
 発信内容をたしなめる投稿も入る。例えば、ある医療機関への強い非難が繰り返されると、それは少し一方的過ぎるとの批判も入ってくる。
 夫以外の男性と性交渉を行い妊娠し、胎児の父親が分からないとの投稿に対して、不快感をあらわにして、このような「ごみトピックは載せるな」という意見も届く。これらは全て妊婦同士の情報交換なので正しい医療情報は用意されておらず、全て言いっ放しの状態となっている。そしてその背後には、自分は何も発信せず、黙って見ているだけの人がさらに大勢いる。
 わが国のインターネット利用者は約2000万人、人口の2割程度まで普及している。これからはIT革命と言われる時代、このようなネット上の情報交換はさらに進んだものとなるだろう。
 対応する産科医療施設もどんどん自施設のホームページを開いている。ホームページ作成ビジネスも盛んとなり、値段も下がり質の競争となっている。これにより妊婦さんたちはネット上でドクターショッピングをする時代に入りそうである。
 そのほか妊娠、出産に関する情報提供やQ&Aを行っているホームページは目白押しで、質も量も膨大である。このような情報提供は広告的要素も含んでいるので、これからはしっかり見守っていく必要がある。

妊産婦雑誌からの情報

 妊娠出産に関する情報の多くは、何と言っても妊産婦雑誌などからである。本誌6月号でも述べたが、彼女たちの購読率は高く、情報収集の91%は雑誌などからで、知人の先輩ママからが65%、母親からが61%、医師からが47%、妊娠中の知人からが39%となっている。
 T誌では読者からの相談に対し全て返信の手紙を出すシステムを採っている。あるとき、その相談内容のトップテンを発表し、10番目のその他で、「おなかの子がだれの子か不明、調べられる?」「シングルマザーになりそう。自治体などの援助を受けたい」の二つをあげたところ、その相談が殺到し相談室を驚かせた。そして、その後もこの相談は続き、毎月併せて10%程度、「タバコが止められない」の相談と同じ頻度となっている。
 しかし、これも世の中の情勢を見ればもっともなことで、昨年のわが国の婚姻数は76万組、離婚数は25万組。先進諸外国のシングルマザーは増加中だし、性のタブーもほとんどなくなってしまった。ただ、そのような相談窓口がほとんどなかっただけなのである。
 シングルマザーに対する自治体の援助については、しっかり資料提供を行っているが、胎児との親子鑑定に関しては、以前はかなり抑えた情報提供を行っていた。
 しかしインターネット上では胎児の親子鑑定はビジネスとして数社が広告を行っている。羊水を採取し、父親の唾液か毛根と一緒に送るDNA検査は羊水採取料を別として、費用が15万円前後で3-4週間で結果が出る。親子鑑定には非常に深刻な事情も多いので、最近は詳しい情報の提供を行っている。

まとめ

 医療担当者たちの知らないところで、患者や妊婦さんたちの声や疑問、医療情報が大量に駆け巡っている。それを知ることは日常臨床にも大変役立ち、有意義といえる。