ホーム 事業内容 情報館

食事と先天異常

* * *

日本産婦人科医会先天異常委員会委員
東邦大学医学部産科婦人科学教室助手
竹下 直樹


はじめに

 現在、わが国における食生活は、多様化しており、様々な食物を容易に手に入れることが可能となっています。単にエネルギー摂取としての食事から、いまや文化となり、その選択は個々人のライフスタイルによってなされています。したがって、妊娠中の食事を考える時、各々に細かな配慮が必要な時期を迎えていると考えられます。先天異常との関連は、3つに大別できます。まず、タンパク、ビタミン、微量元素など、食物の構成成分(栄養素)が胎児に与える影響。次いで、エネルギー過剰、あるいは不足による、母体の栄養状態が二次的に胎児に及ぼす影響。そして最後に、食物を通じて発症する感染症の問題です。ここでは、各々について考えてみたいと思います。

 I.食品と催奇形性

 催奇形性との関係が指摘されている栄養素に目をむけてみましょう。

  1. 葉酸
    水溶性ビタミンBの一種でほうれん草に多く含まれています。その摂取は、神経管閉鎖異常の発症予防に効果があり、欧米では積極的に推奨されています。特に米国では、勧告だけではなく実際の食品に、ある一定濃度の葉酸を添加することを義務付けその結果神経管閉鎖障害児の発症を減少させることに成功しました。一方わが国では、1990年と比し2001年では神経管閉鎖障害児の発症は増加しており、米国の8倍にも及んでいます。野菜を350g程度毎日摂取すれば、約1日0.4mgの摂取が可能ですが、個人の食生活、食習慣を考慮すると必ずしも容易なことではありません。よって、不足分栄養補助食品によって補うことが適当と考えられます。
  2. ビタミンA
    とり、豚、牛などの肝臓、うなぎ、鮎といった家畜および養殖魚内臓に多く含量されることで知られています。これは、これらの飼料に多く含まれていることに起因しています。多量に摂取することがなければ、過剰症を引き起こす危険性は無いとされています。催奇形性はビタミンAの代謝産物である、レチノイン酸によることが解明されてきました。その欠乏症は、易感染性を惹起すると報告されています。現在、先進諸国では容易にサプリメントとしてビタミンAが手に入り、食品からの摂取も加わり、過剰摂取になる危険性が問題となっています。胎児の奇形としては、耳の形態異常が報告されています。また、緑黄色野菜に含まれている、カロテノイドは、ビタミンAを生成することで知られていますが、その効率は種類により大きく異なり、また限界もあります。ビタミンAでは過剰摂取が問題となるため、サプリメントで補給するよりも、緑黄色野菜からの摂取が推奨されます。
  3. 水銀
    最近、魚類に含まれる水銀濃度が、魚類種類、摂取量により過剰摂取になる可能性があるとの警告がなされています。わが国は、従来から、魚を多く摂取する民族であり、注意を向ける必要があります。ただし、過剰摂取となり、体内で血中水銀濃度が高濃度となることは非常に低頻度であり、魚類の摂取を避ける必要は無いものと考えられます。本年6月に報道された文章では、ある種の魚介類に確かに水銀を多く含む結果がでていますが、奇形が出現する量の算定は、母体毛髪水銀値が胎児に影響を及ぼすとされている値を超えたものに、さらに安全係数を乗じたものであり、通常の魚介類の摂取では過剰摂取となることはありません。また、これらの報道による魚介類摂取の減少につながらないよう指導する必要があります。
  4. 微量元素
    微量元素の栄養学的重要性については、最近認識されるようになってきました。わが国では、平成12年に、亜鉛、銅、マンガン、ヨウ素、セレン、クロム、モリブデンの摂取基準が設けられています。各々の微量元素の詳細については、未だ、解明されていないところも多く、特に先天異常の発生機序との関連は不明な点も多く残っています。よって妊娠中特に、各微量元素が欠乏状態になっているか否か判断も難しいですが、少なくとも欠乏状態を呈していない妊婦に於いて、微量元素の摂取を積極的に薦めることについてはまだ、検討の余地を残しています。

II.妊娠中の体重増加

 次に妊娠中の体重について考えてみましょう。現在の妊娠中の体重指導はどちらかと言えば、体重増加を抑える方向で指導している施設が多いようです。一般に体重増加は、妊娠経過を通じて7~10Kgと指導されています。その理由としては、成長し過ぎた胎児によって、分娩進行が順調な経過をとらず、難産となったり、妊婦自身の合併症が増加するという理由からです。しかし中には、根拠のはっきりとしない指導の場合もあります。最近、Baker説: programming fetal origins hypothesisという視点で栄養管理が必要であることが指摘されています。これは、“成人病胎児発生説“というもので、妊娠中および新生時期の低栄養状態の時期が長期に続いた場合に、将来、高血圧、高脂血症、動脈硬化、糖尿病、骨粗鬆症、などいわゆる成人病を発症する可能性が高くなるというものです。現在、日本では、この説は未だ十分に理解されていません。このような成人病は、生活習慣病といわれ、後天的な要素が多いといわれています。しかし、むしろ胎児期・新生児期の低栄養状態の暴露されることが成人病の発症をプログラムするという考え方です。
 かつて、日本では妊婦が栄養必要量を十分に摂取することは、公衆衛生上大きな課題でありました。しかし、現在では母親の栄養状態の改善はすすみ、母子ともに有益な結果をもたらしています。しかし、国民栄養調査からは低栄養・栄養不良の母体が増加している傾向があることが推察されています。すなわち、極端な栄養過多と栄養不良の妊婦が存在することを意味しています。Body Mass Index (BMI) でみると18.5未満の妊娠前の女性が急激に増加しています。これは、体形に対する間違ったイメージ、体重増加への極端なまでの否定もその一因となっています。この、極端な栄養不良が意味するものは、妊婦貧血、低出生児の増加、そして葉酸不足に起因すると考えられる神経管閉鎖不全症の発症増加です。このような、新生児のリスクを減少させるためにも、新しい視点で妊婦栄養管理を見直すべ必要があると考えられます。そしていま、「健やか親子21」として国民運動として進んでいます。
 このように、食生活が豊かになった現在において、いわゆる“やせ”の妊婦に対し栄養指導を実施する場合、その個人の生活背景、精神的サポート、カウンセリングも含め、個々のきめやかな指導が望まれます。BMIごとにみた妊娠中理想体重増加を表1.に示します。また、図1.には妊娠中の体重増加と新生児体重の関係を示します。

表1:BMIごとにみた妊娠中理想体重増加量

妊娠前 BMI

理想体重増加量

< 19.8 12.5 〜 18
19.8 〜 26.0 11.5 〜 16
26.0 < 7 〜 11.5

 

図1:妊娠中の体重増加と新生児体重の関係
 

III.食物と感染症

 妊娠中の感染症で、胎児に影響を及ぼすとされる代表的な感染症はToxoplasmaでしょう。
Toxoplasma: 馬肉、牛肉、鶏肉、レバー刺など肉類、特に加熱不十分なもの、土壌、猫の糞などより水平感染し、初感染した妊婦から胎内感染を起こすと報告されています。重症感染では、水頭症、頭蓋内石灰化などを認めます。近年では、早期に抗生物質による治療が開始されるため合併症の発見の頻度は有意に減少しました。

まとめ

 食事と先天異常を考える時、そのテーマの大きさに的をが絞ることは容易ではありませんが、まず、食品構成成分(栄養素)の胎児に対する影響。エネルギーとしての胎児への影響、そして、食品によってもたらされる、感染症、環境汚染物質の3点に分けて考える必要があると考えられます。現代、わが国ではもはや、栄養摂取不足になる環境ではなくなりました。多種多彩な食品が容易に手に入ります。また、ダイエットブームといった体型に対するイメージなど、自ら食事の選択が任されています。このような状況で、栄養管理指導を行う上で、個々に対して精神的サポートをも含めたきめ細かな指導が望ましいと考えられます。以前より言われていることではありますが、多くの栄養素を摂取するようこころがける必要があります。特に、野菜類は摂取不足が傾向であるため注意する必要があります。また、適切な妊娠中の体重増加を指導する必要があると考えられます。豊かな食物があるなかで、一方では低栄養状態となってしまう、パラドックスを是正し、母子ともに健やかな生活が望まれます。