平成9年10月13日放送

高TG血症治療の最近の話題-食後の高脂血症

東医歯大第三内科講師 田中 明

 皆さん今晩は。

 本日は、高トリグリセリド血症治療の最近の話題の中で、特に、食後の高脂血症についてお話したいと思います。

 私たちは、朝、昼、晩の一日3回の食事をしておりますが、それ以外にも、頻繁に間食を摂取しております。従いまして、一日24時間のうち大部分は食後の状態にあり、本当の空腹状態にあるのは朝食前の短時間にすぎないと考えられます。しかし、日常臨床で、患者さんの血中脂質を測定する場合、朝食を摂取しないように指示するのが普通ですし、また、動脈硬化症の進展と血中脂質レベルとの関係を検討したこれまでの研究報告は、ほとんどが空腹時の脂質レベルが用いられております。

 一日24時間の大部分が食後の状態にさらされていることを考慮しますと、空腹時の脂質レベルのみでは動脈硬化のリスクを評価するには不十分であることは明かであると考えられます。食後の脂質レベルによる動脈硬化リスク、すなわち、食後高脂血症の評価が必要であります。これには脂肪負荷試験が有用であると考えられます。

 しかし、脂肪負荷試験を実施する上で、いくつかの問題点があります。すなわち、どのような種類の脂肪をどのくらいの量、負荷するのか?負荷後何時間に、どのような脂質を測定するのか?また、どのくらいの脂質レベルの増加を異常とするのか?であります。動脈硬化リスクにおける食後高脂血症の重要性はすでに注目されておりまして、これまで、多くの脂肪負荷試験を用いた研究結果が報告されております。しかし、これらの項目が一致していないために、結果の比較が非常に困難でありまして、研究の進展を遅延させた原因になったと思われます。従いまして、将来、糖尿病におけるブドウ糖負荷試験のように、脂肪負荷試験の方法が統一されることが望まれます。

 食後に増加を認める脂質としましては、トリグリセリドが知られております。高トリグリセリド血症は、トリグリセリドを豊富に含むリポ蛋白、いわゆる、TGリッチリポ蛋白でありますカイロミクロン、VLDL(超低比重リポ蛋白)およびレムナントリポ蛋白の増加により生じます。この高トリグリセリド血症を生じる3つのリポ蛋白の中で、動脈硬化のリスクとしてはレムナントリポ蛋白が最も重要であることが知られています。

 レムナントリポ蛋白は、カイロミクロンおよびVLDLの代謝産物であります。動脈壁のマクロファージはレムナントリポ蛋白を容易に取り込み、泡沫化し、動脈壁に蓄積して、動脈硬化の初期病変を形成することが、主として動物実験により明らかにされております。

 レムナントリポ蛋白は正常では代謝が速く、速やかに肝臓のレセプターに取り込まれるために、健常者の空腹時血中には存在しません。しかし、なんらかの原因で代謝が遅くなり、食後の血液中に停滞するレムナントリポ蛋白は、動脈壁のマクロファージに容易に取り込まれ、動脈硬化の初期病変を形成するものと考えられます。

 動脈硬化に影響するリポ蛋白のうち、LDL(低比重リポ蛋白)コレステロールおよびHDL(高比重リポ蛋白)コレステロールは、代謝が遅いため、食事の前後で大きな変動は認めませんが、レムナントリポ蛋白は食後に増加を認めることから、食後高脂血症を構成する重要なリポ蛋白であると考えられます。

 このように、レムナントリポ蛋白は動脈硬化の危険因子であることは知られていましたが、その測定法が容易ではないために、臨床レベルではなじみの薄い存在でありました。動脈硬化の進展とVLDLレムナントとの関係を示した1993年のモントリオールスタデイ、動脈硬化の進展とカイロミクロンレムナントとの関係を示した1994年のカルペらの報告がありますが、これらは、超遠心法5を用いてレムナントリポ蛋白の測定を行っておりまして、測定が煩雑であるため、対象の例数も少ないものでありました。

 しかし、最近、レムナントリポ蛋白を反映し、測定が簡便なレムナント様リポ蛋白が開発されました。英語のレムナント・ライク・パーテイクルズの頭文字をとって、RLPとも呼ばれます。レムナント様リポ蛋白、RLPが開発され、臨床レベルで、多数の検体を処理することが可能になりました。現在はレムナント様リポ蛋白、RLPコレステロールとして、保険による測定が可能で、主な検査会社に測定を依頼することができます。

 これから、レムナントリポ蛋白と動脈硬化との関係をRLPコレステロールを用いて検討した結果を示します。

 まず、動脈硬化性疾患であります心筋梗塞、狭心症、脳血栓の空腹時RLPコレステロール値を健常者と比較してみました。心筋梗塞、狭心症、脳血栓の空腹時RLPコレステロール平均値は、それぞれ、10.2、5.5、3.6mg/dlで、健常者の2.2mg/dlよりも有意高値を認めました。また、RLPコレステロールのカットオフ値を越える高値例の頻度は、心筋梗塞、狭心症、脳血栓、それぞれ、62%、39%、30%と健常者5%よりも高率でした。現在、RLPコレステロールのカットオフ値は7.5mg/dlが用いられています。

 次に、75g経口ブドウ糖負荷試験の結果、正常型、境界型、糖尿病型の3群の空腹時RLPコレステロール値を比較しました。正常型、境界型、糖尿病型の平均値は、それぞれ、4.7、5.8、6.4mg/dlと耐糖能の低下の順に増加を認めました。

 以上の検討から、動脈硬化性疾患および糖尿病の空腹時血中においても、RLPコレステロールの増加を認め、これら疾患でのレムナントリポ蛋白代謝の停滞が示されました。

 次に、虚血性心疾患および健常者それぞれ712例において、生クリーム40gの脂肪負荷によるRLPコレステロールの変化を比較しました。採血は負荷前、負荷後2、4、6時間に行いました。健常例は、負荷前後ともに、RLPコレステロールのカットオフ値を越える例は認めませんでした。一方、虚血性心疾患例では、負荷前にカットオフ値を越える例は2例でしたが、負荷後は11例と増加を認めました。虚血性心疾患例では、負荷前にはRLPコレステロール値が正常だが、負荷後に増加し、異常を認める例が多いことが示されました。このような例の動脈硬化リスクは空腹時のみの脂質検査では見逃してしまうことが考えられます。この結果は、動脈硬化のリスクに関して、空腹時の脂質レベルによる評価では、不十分であることを示すものと考えられます。

 次に、糖尿病20例と健常者21例におきまして、RLPコレステロール値の日内変動を比較しました。健常例では、一日を通じて8カットオフ値を越える例は、1例のみでしたが、糖尿病例は大多数例が、早朝の2ー3時間を除いて、著名な高値を認めました。この結果からも、ヒトの一日の生活時間のうち、20時間以上は、食後の状態にあることが考えられまして、動脈硬化のリスクとして、食後高脂血症の評価が必要であることが示されました。

 ヒトの一日の生活時間の大部分が食後の状態にあります。また、虚血性心疾患には、空腹時の脂質レベルは正常だが、食後に異常となる例があることから、動脈硬化リスクについては、空腹時のみの評価では不十分で、食後高脂血症の評価が必要であることが示されました。また、食後高脂血症の評価にはレムナントリポ蛋白が有用でありますが、RLPコレステロールが開発されまして、簡便に測定可能になりました。

 今後、統一された脂肪負荷試験が確立され、食後高脂血症の共通の評価が可能になることを期待しております。