平成9年2月10日放送

母子保健法改正による妊婦検診について

日母産婦人科医会常務理事 佐藤 仁

 母子保健法が改正され平成9年4月から施行されます。これは「地域保健対策強化のための関係法律の整備に関する法律」の改正によるもので十三条のうちの第五条、母子保健施行令の改正によるものです。

 目的は、母子保健事業について多様化する行政ニーズに対応し、住民に身近な市町村において妊娠、出産から育児まで、及び乳児保健についての一貫したサービスの提供を図るため事業の実施主体を市町村に一元化する、と改正したものです。

 内容は、母子保健事業の実施基盤の整備と慢性疾患患児に対する療育指導の実施に関する車項です。

 妊婦に関する事項は、妊産婦の健康診査及び訪問指導の事務が都道府県から市町村へ事務移穣されること、費用負担も市町村に移穣されること、これにともない妊婦の届出について、市町村長の都道府県知事への報告義務規定が削除されたことです。

 この法律改正が額面通りに実行されると、現在とどのように変わるのでしょうか、具体的な例を取って説明しますと、まず、妊娠届けと母子手帳の発行が市町村の責任になります。ということは、届出用紙、様式も、母子手帳の内容も市町村が独自に決めてよいことになり、今まで都道府県で統一されていたものが、同じ医療圏でも種々異なるものができる可能性があることです。次に妊婦検診ですが、(「市町村移穣後も、医療機関に委託して行う妊婦健康診査については、2回を基準とし、原則として妊娠前期と後期に実施すること」となっていますので)公費負担による妊婦検診は現在と同じに2回は実施されます。しかし、費用負担も移穣されました。現在、公費妊婦健康診査費用は、国が基準額を決めて、国が1/3、都道府県が1/3、市町村が1/3、を負担しています、基準額も年度により、少しずつ上乗せ変更し決めています。移穣後の費用は、国から市町村に対して地方交付税の中に含めて交付されます。地方交付税の使用は市町村に任されています。国は平成9年度は2/9、をl0年度は1/9、の費用負担をし、平成ll年度以降は全額地方交付税で賄うように指導しています。ということは、妊婦検診基準額も、平成ll年度以降は市町村に任されることになります。全国の各市町村では、その構成規模、経済状態等は種々異なり格差もあることでしょう。妊婦検診の料金に格差が拡大する恐れがあります。市町村によっては委託する産婦人科医療機関に制約を付けるところも出てくる恐れがあります。

 種々問題のあるわが国の皆保険制度でも患者にとって、大きな利点のひとつは、「誰でも、全国どこの医療機関においても、保険を利用して一定の金額で医療が受けられる」ことです。しかし、この母子保健法改正による市町村移穣が額面通りに実行されるならば、公費による妊婦検診も、各市町村の種々の条件・情勢、経済的規模により、受診医療機関の限定、医療機関に支払われる費用の格差などが生じる可能性が秘められています。

 本来、妊産婦のために、「多様化する行政ニーズに対応し、住民に身近な市町村において妊娠、出産から育児・乳児保健についての一貫したサービスの提供を図るため、事業の実施主体を市町村に一元化する」と改正した目的がはたして果たせるでしょうか。昨年、平成8年末に発行された、厚生省監修の母子保健マニュアルには妊娠時の保健指導の要点として、妊娠の初期には、「妊娠確認時の諸検査、定期健康診査の意義を認識させ、もれなく受けるように指導すること」から始まり、妊娠中毒症の注意、妊娠中の労働に関する具体的な指導、栄養所要量、母乳栄養の重要性の認識、精神的不安の解消など、ll項目に渡る指導、産褥期まで入れると、何と、56項目にわたる各種指導を指示しています。

 はたして市町村の関係者に専門医療機関の協力無くしてのこれらの指導が出来るでしょうか、ましてや、人口の多い都市に於ては……とても無理でしょう。医療は、少なくとも現在のレベルを維持し、それ以上の向上に努力しなければなりません。

 これまではどうでしょう?妊産婦の、公費負担妊婦検診は、都道府県、各県内の何処ででも、希望する産婦人科医療機関で受診が出来、指導が受けられました、周辺数県にまたがって受診できる地方もあります。また検診費用も国の決めた額と同等か、これを上回っているところもあります。これらが全部崩れてしまう恐れがあるわけです。

 4月の法改正実施に向かって、関東地方では東京都、神奈川県、埼玉県、それぞれ独自に医師会また日母担当者が努力しています、その一例を群馬県を参考に紹介しましょう、

 これまで県の担当課が保健所を通じて行なってきた、医療機関おける公費妊婦検診の費用、支払業務を、今後、業務移穣された市町村に変わって、県医師会が、行なうことになります。内容は、これまでは医療機関が妊婦検診票をまとめて保健所に請求していたものを毎月保健請求のときに、地区、郡市医師会を通じて県医師会に請求します。県医師会は集まった検診表を、県内70市町村ごとに分類し、合計検診費用を市町村に請求します。市町村は、確認のうえ合計検診費用に事務手数料を加えて県医師会の口座に振込します。県医師会は各市町村から集った検診費用を各医療機関ごとに分類し送金するものです。これらの事務処理をスムーズに能率的に行なうため、一部書式の変更と新規作成を行ないました。分類作業のための妊婦検診表の一部変更、医療機間では各市町村別に分類し、請求総括表の作成を行ない、郡市医師会での確認業務の簡素化に役立てます。

 事務手数料は、地区郡市医師会の事務費と、各個人金融機関への送金手数料、県医師会における各市町村に検診表を郵送し、各医療機関に、送金報告書を郵送する通信費、各書類印刷費から事務処理にかかわる人件費などが含まれます。

 群馬県医師会では県から新規事業のための委託準備補助としてコンピューター処理のためのハード機材と処理ソフトの作成費用を受けることが出来ました。

 この業務を始めるに当たり、県担当課が仲立ちして、70市町村は契約業務を県知事に委託し、医療機関を代表する県医師会長と県知事の間で委託契約が取り交されます。

 現在群馬県では細部調整、決定のために、県衛生環境部保健予防課と県医師会担当理事が頻繁に検討しています。各都道府県でも行なわれています。

 日母では、新年度に各都道府県における市町村移譲後の公費妊婦検診実情調査を予定しています。

 妊産婦の健康を管理指導し、現在の水準を維持し向上させるためには、それなりの費用も必要です。制度改正後の妊婦検診のために、会員各位のご理解と絶大なご協力をお願いします。