平成9年1月20日放送

研修ニュースより「分娩監視」

日母産婦人科医会幹事 川端 正清

分娩時において分娩監視が必要なことは改めて述べることもありませんが、胎児心拍モニタリングも正しく使わないと、産婦の行動に過剰な制限を加えることになったり、その限界を正しく理解しないと、不必要な産科的処置を加えることとなります。

適切な分娩監視を行うにはどうしたらよいかという問題は産科医にとって大変重要な問題です。

日本母保護産婦人科医会研修部では昨年11月に「研修ニュース第二号」として「分娩監視;現行の分娩監視に関する勧告と新開発分野の展望と題した国際産婦人科学会FIGO−ニュースの翻訳版を発刊しました。

本日は、FIGO−ニュースの要点をご紹介致します。なお、ここに述べられた勧告は、FIGOの分娩監視専門委員会が作成した分娩監視に関する勧告でして、FIGOの公式見解を表したものではありません。

それぞれの国の違いにより、また産科施設の違いによっても、産科管理のあり方が大いに異なります。また、スタッフ、設備、資金などによっても制限を受けざるを得ませんが、十分な設備や人員が確保された場合に、どこを指して現代の医療水準とするかの専門委貝会の合意事項を明らかにし、また提言してます。

胎児の障害、出生の前、分娩開始前に既に起こっていること稀ではなく神経系の後遺症が分娩に起因する症例はごく僅かと考えられます。しかしながら、このような症例でも適当な時期に急速分娩してれば、重篤な転帰を避けられたかも知れません。分娩管理方針を決定するには十分な情報が必要であり、従って分娩監視を必要とする一つの理由です。

しかし、分娩監視の行き過ぎは、母体が自由に動くことを制限しますし、無用な心配をかけたり、さらには、後で述べますが、不適切な方針を下したり、産科の処置のし過ぎにつながることになります。

多くの女性が「自然な出産」を望み、自分の希望のままにしておかれることを望んでいます。一方、完全な障害のない子供を生むという期待は今まで以上に強くなっています。「正常分娩」とは結果からみた診断に過ぎません。自然分娩と監視分娩との問題にはバランスが必要です。妊婦へは十分に説明し、その必要性を理解・了承してもらうことが大切ですし、話し合いの結果をカルテに記載しておく必要があります。

では、胎児心拍数モニタリングは実際にはどう判定し、どこまで行うべきかという問題ですが、ハイ・リスク症例に対してはより集中的に監視し、ロウ・リスク群ではそれほど厳密にしなくてよいという方針は一般に受け入れられています。ここで、ハイ・リスクとは、母体側では内科合併症、産科異常の既往、子宮手術歴、妊娠中毒症など、胎児側では胎位異常、未熟児、IUGR、羊水異常などを言います。

特に妊娠経過に問題のない通常の分娩では、分娩が開始したばかりの入院時に、30分間胎児心拍モニタリングを行います。そこで、variability acceleration が認められる reactive pattern で、他にモニタリングを行う適応が無ければ、時々モニターをする間歇的モニターで十分であり、ロウ・リスクと考えられます。

しかしこの時点で、late deceleration や loss of variability が見られる場合は、胎児仮死の可能性があるため、現住監視をする必要があります。

入院時の胎児心拍陣痛図で異常のなかったロウ・リスク分娩では、その後の6時間は間歇的モニタリングで良いとされています。この間は母親は自由に歩いたり、動いたりできます。モニターの間隔は分娩第汪には15分間隔、分娩第期には毎回の陣痛のたびに陣痛終了後1分間は見なければなりません。

また、その記録は必ず残すようにしてください。訴訟が増加している状況であっても、正常な胎児心拍記録が残っていれば、児の状態が悪くても、それは分娩中の管理水準が低かったためではなかったという重要な証拠となり得ます。たとえ、ドプラー法による間歇的モニタリングでも、カルテに記載しておくことは大切なことです。

次は、胎児心拍数のモニタリングの意義についてです。胎児心拍数は分娩中の胎児に異常がないかどうかのスクリーニングに有用なことは広く認められています。胎児仮死の状態では90%以上の確率で分娩中の胎児心拍陣痛図になんらかの異常心拍パターンが出現してきます。しかし、異常心拍パターンは胎児仮死の予知という点では価値は低く、異常パターンを示しながらも胎児仮死ではない、いわゆる false positive は多くの例で見られます。したがって、胎児心拍数図のみによるモニタリングでは不必要な産科処置の誘因となります。胎児心拍図の異常はすなわち胎児仮死というわけにはいきません。多くの場合は診断をはっきりさせるために、児頭採血のような検査を追加する必要があります。胎児心拍図だけでは胎児の予後を予測するには不十分です。

児頭採血は現時点では分娩時の胎児の酸塩基平衡を評価するには最良の方法ですが、母子の双方にとって侵襲的です。また、特殊な器械、訓練された人、そして定期保守が必要ですし、導入にはどうしても繁雑さが伴います。しかし、胎児採血をしないで、分娩監視装置だけで分娩管理を行った場合は、児の予後の改善は望めず、産科手術の頻度が増加するだけであるという事実も知っておく必要があります。胎児採血の分娩中におけるもっとも重要な役割は、異常な胎児心拍図を解釈する手助けになるということです。胎児採血を利用するからといって、胎児心拍陣痛図の解析が重要なことには変わりありません。

分娩監視のもう一つの重要な因子としては子宮収縮のモニタリングがあります。

分娩進行が不良と診断し、子宮収縮の強さと有効性を評価した上で、陣痛促進を行うのは必要な処置でしょう。しかし、過強陣痛を起こすような陣痛促進剤の過剰投与を避けることは最も大切な事です。過強陣痛の出現頻度は近年明らかに上昇しています。陣痛誘発や促進中は、特に子宮収縮を注意深く観察しなければなりません。

最後に、分娩後の記録の保存について触れてみます。

分娩の記録と共に、胎児心拍陣痛図は重要な記録です。正しく記録し保存しなければなりません。理想的にはディスクに永久保存されるべきでしょう。最近の技術によると、書き込みの禁止、内容保護の光ディスクや光磁気ディスクに大量にデーターを保持することが可能になりました。しかし、本邦では厚生省が電子カルテの検討を行っていますが、法的整備がまだできていません。早期の実現が待たれます。

以上、FIGO分娩監視専門委員会からの勧告の内、現行の分娩監視に関する勧告の部分の紹介をしました。まとめますと、正常経過の分娩開始時期の入院時30分間のモニターで異常がなければ間歇的モニターで十分であること、陣痛誘発・促進時には特に注意深い観察が必要であること、処置に対してはインフォームド・コンセントをとりカルテに記録すること、そして現行の分娩監視に関する評価や限界を知り、その記録を残しておくことも忘れてはならないことが強調されています。