平成13年10月15日放送

 妊娠・分娩・産褥の療養給付と現金給付

 日本産婦人科医会常務理事 佐々木 繁

 

 妊娠・分娩・産褥をめぐる医療に関しては、異常があった場合、その治療としての必要限度のものは療養の給付、即ち現物給付として扱われる。

 正常経過に対する医療は給付外、即ち現金給付として扱われる。

 正常妊娠・分娩・産褥に対する医師の管理及び助産等は療養の給付の対象とならないものであるから、現金給付であり、その費用は医療機関において自費で徴収する。

 このように産婦人科においては現物給付(保険診療)と現金給付(自費診療)が混在しており、しばしば診療報酬の上で問題が発生している。特に産科の診療報酬の中で、妊娠・分娩の一部が保険診療となった場合、自費分についての領収書の明細と行われた産科手術の運用についてである。産科手術は分娩の経過の中で発生する事象に対して対応しなければならないことを理由に積み重ね方式が認められているが、同一手術野は一手術という通則をたてに、請求の内容によっては絶えず問題とされている。また帝王切開時の分娩介助料についても患者さんから当局への問い合わせが後を絶たない。

 ここで正常分娩と異常分娩について検めて述べると、異常分娩の際、保険医の行った処置・手術等は全て療養の給付である。ただ同時に助産の手当てをしたものとは見做さない。

 即ち、分娩介助の費用は療養の給付外なので現金給付となり、患者負担になる。また分娩の目的で自費入院したところ、分娩が異常となり処置・手術を行った場合の治療および分娩後の治療は療養の給付となる。本部ではこの秋に「妊娠分娩における保険診療上の取り扱い」に関する分かりやすい小冊子を発行する予定であり、参考にしていただきたい。

 ここで2点注意していただきたいことを申し上げる。

 初診料・再診料と妊婦検診料を同時に徴収することはできない

【理由】

両者ともに診察に関わる費用であるが、初診料・再診料は異常妊娠や合併症がある場合に保険請求するものであり妊婦健診料は特に異常がない場合に各施設で妥当とする額を自費請求するものである。したがって、両者を同時に徴収することは二重徴収となり、不正行為と見做される。

注意

保険診療のカルテと自費診療のカルテは明確に区別する

保険医療機関は、第22条(診療録の記載)の規定による診療録に療養の給付の担当に関し必要な事項を記載し、これを他の診療録と区別して整備しなければならない。(療養担当規則第8条より)

 正常妊娠・分娩はいわゆる疾病ではない。医療保険で取り扱うことは、医療保険制度に関する考え方を根本的に変革しなければならない。保険医療の療養の給付の範囲は、患者の疾病または負傷が発生したときに、診察・薬剤等の支給・処置または手術等の治療・居宅あるいは入院における療養上の管理または看護と定められている。即ち、患者に不測の疾病が発生した時の治療等に係わる臨時の出費に対応するための措置と考えられる。妊娠・分娩・産褥の保健管理は予防医学的管理であって、疾病の管理・治療ではない。したがって、現行の保険医療の療養の給付の範囲に組み入れることは、本質的な矛盾を招来することになる。

 しかしながら、妊娠・分娩・産褥も健康保険の枠組みの中で運用されている訳であり、疾病の発生によって一部療養の給付が行われた場合、自費分の明細の説明が明確でなければならない。この問題が大きくなると、妊娠・分娩・産褥に対する現物給付の問題が俎上に上がることは必須であり、折角の正常妊娠・分娩・産褥は現金給付という良い制度を無にすることになり、産科診療の「質」の低下にもつながることになる。制度をよくご理解いただき、運用には遺漏のないようにお願いしたい。

 これに関連して日母医報5月号綴込みでご紹介した日本医師会の「将来の医療給付の区分け(提案)」について説明したい。

 図表をご覧いただくとおわかりであるが、これは日本医師会が3月29日に発表し、4月1日日本医師会代議員会において配布されたパンフレット「医療構造改革構想-国民が安心できる医療制度をつくるために」の一部である。これは平成11年の「医療構造改革構想の具体化に向けて(中間報告)」と12年の「2015年医療のグランドデザイン」をもとに再編成し、行政、政治家、マスコミに向けに平易に説明したもので、記者会見で坪井会長は「これが正式な日本医師会の主張と考えていただきたい」と強調している。また、4月3日には「21世紀の社会保障制度を考える議員連盟(会長:橋本龍太郎氏)」において総括的な説明がなされている。

 この図表の中に「(提案)」としてではあるが、専門団体である日母に事前に連絡無く、正常分娩が現物給付に組み込まれたことに驚くとともに、産科医療の根幹に関わる問題であることから、社保担当・佐々木常務理事が日医・菅谷常任理事に4月18日に面会し、「妊娠・分娩の給付のあり方に関する日本母性保護産婦人科医会の考え方」を説明し理解を求めるとともに、今回、現物給付に組み込まれた背景、理由を尋ねた。

 「正常妊娠・分娩については現金給付とすべきであるとの当会の考え方の理由」

1. 正常妊娠・分娩は高レベルの包括的医学管理が必要である。

妊娠・分娩・産褥を安全な結果に至らしめるためには、産科医師、助産婦、看護婦等で常時管理態勢をとり、特に分娩では常に異常を予見しつつ、それらに迅速に対応しなければならない。そのためには多くのコメディカル要員を必要とする。妊娠・分娩の経過は妊産婦個人でそれぞれ異なり、妊娠中に合併症を併発するものや、短時間で分娩を終了するものから、長時間にわたるもの、あるいは母児の生命を脅かすような異常分娩に至るものまで様々である。現在まで、多額な人件費を支払い、高額な医療機器を備えて高レベルの包括的医学管理の体制を整え、これらに対応してきた。このようなことから分娩管理を現行の診療報酬点数表で評価することは不可能である。多発する医療事故を防止するためにも随時必要な検査・処置を行い、妊産婦が安心して妊娠・分娩を終えるよう対応しなければならない。また、妊娠・分娩を終えるよう対応しなければならない。また、妊娠・分娩の全経過を包括的な点数設定とすれば、画一的な妊娠・分娩管理に流れやすくなる。

2. 多様化、複雑化している妊産婦のニーズやアメニティの要求に対応できない。

最近の妊産婦やその家族は、妊娠・分娩に関する安全性はむしろ当然なことと考え、さらに一生に1回か2回の分娩であるため、より快適な分娩を希望している。現物給付となれば、医療側は医学的事項だけに対応し、快適性へのサービスは疎かになり、国民の考え方や要望と乖離した分娩管理に移行してゆく可能性がある。

3. 助産所や自宅分娩の取り扱いに対し如何に対応するか。

助産所や自宅での分娩を希望する妊産婦に対し、現物給付化した場合、医療保険での対応を如何にするのかが疑問である。

 菅谷常任理事は将来的にこのような分類方法があるかもしれないと考えただけで、現在、または近い将来に現物給付にしようという考えは全く無く、安心して欲しいと回答された。

 先生方が日本医師会執行部の先生方とお会いする機会がありましたら、是非正常妊娠・分娩は現金給付であるべきことを説明していただきたい。