平成13年8月13日放送

 「産後の避妊法」

 聖母病院前産婦人科部長 柳田 隆

 

 産後の避妊法を考える場合に、「第一子出生後で次の妊娠までの数年間の避妊をどうするかという場合」と「第二、三子出産後で半永久的に避妊をする場合」とで多少の差があると思います。個々の避妊法の詳細は専門書にゆずりまして、本日は分娩後という特殊な状況における避妊並びに性生活についてホルモン動態、女性の肉体的精神的状態及び男性の性欲を含めてお話してみたいと思います。

 まず、分娩前後のホルモン動態について述べたいと思います。

 産後は、エストロゲンの分泌が急速に下降するためプロラクチン(PRL)がreceptorとの結合により解除されその泌乳作用が発現されるため乳汁分泌が開始されます。

 このPRLは妊娠16週頃より上昇しはじめ妊娠末期には200ng/ml前後の高い値となりますが、分娩2時間前には100ng/mlへと急減します。しかし、分娩を契機に再び急増し分娩後2時間で220ng/mlという高い直を示しますが、5、6時間を経過すると120-140ng/mlへと急激に減少します。それ以降は徐々に減少してゆきますが、授乳の有無によりその減少カーブは異なりまして、授乳婦は50-70ng/ml前後を保ちますが、非授乳婦では25ng/ml以下へと急減してゆきます。また、乳頭への吸啜刺激をうけますとPRLは上昇しますが、その変動は産褥10日から40日の間が最大で、その後はあまり変動しません。

 一方、産後のPRLの高い値は、視床下部のGn-RH分泌を制御し下垂体からのゴナドトロビン分泌を抑えるため排卵をストップさせることとなります。このため授乳期間中は原則として無排卵と考えてよいことになるわけです。

 次に産後の月経の発来と排卵についてお話します。

 授乳中の褥婦は前述のようにPRLなどにより卵巣機能は抑制され基本的には無排卵無月経(授乳性無月経)の状態にあります。そして授乳期間が短いほど月経再来期間は早くなり非授乳婦では2-4ヶ月で、授乳婦でも6-10ヶ月で月経が再来することになります。断乳後は1ヶ月でプロラクチン値は正常値に戻りますので、1-3ヶ月で月経が発来することになります。また、初回月経の約30%は無排卵ですが、第2周期目では80%、第3周期目では95%は排卵周期となります。

 次に産後の性交について述べてみます。

 Lamontによると、産後3ヶ月までは女性は性欲の低下が見られますが性行動は男性側の性欲によることが多く8-12週後には性交を開始する場合が多いようです。しかし悪露や性交痛、乳汁分泌、乳房肥大のため性欲が減退することが多く、また女性には育児という重労働があり、妻から母親へと意識が変わりセックスどころではないという状況となります。したがって、性交回数は減少しますが避妊に関しては妊娠前に比べてなおざりになりやすい傾向となります。

 そこで産後の避妊法についてお話しますと、避妊を開始すべき時期は排卵の有無によって左右されることになります。前述のように初回月経を見るまでは70%以上が無排卵であるため基本的には避妊の必要性は少ないでしょう。しかし30%では排卵があるわけですから、「月経がないから100%妊娠しない」とはいえないことも十分に認識しておくべきです。性交開始の時期は平均産後8週前後ですが、Gn-RHに対する下垂体の反応性の低下が妊娠中より継続しているため排卵の可能性は極めて低いとされています。したがって、産後8週を過ぎたらしっかりとした避妊を考える必要があります。

 さて、ここからは具体的な避妊法について述べてみます。

a)コンドームについて

 コンドームは最も簡便で経済的かつ入手の容易な避妊法であり、日本では一番使用頻度の高い方法で80%に達します。さらには副作用がないという利点もあります。しかし、破損、滑脱などによる妊娠の頻度はかなり高く、男性主体の避妊法であるという難点があります。また、装着その他で性欲の減退は避けられないという欠点もあります。しかし、産褥期の性交の頻度はそれほど多くないため月経再来までの期間では最も適した方法と考えられます。最近は、HIVを含めたSTD予防の面からも見直されている方法でもあります。コンドームは今までは男性主体のものでしたが腟内に装着する女性用コンドームも発売されているようです。

b)子宮内避妊リング(IUD)について

 避妊リングには多くの種類がありますが、日本ではFD-1と太田リングが主流であると思われます。リング挿入の時期は産後の子宮復古が完全となる6週前後が適当と思われますが、挿入前には必ず尿中HCG測定により妊娠を否定しておくことが必須です。挿入方法、交換までの期間はリングの種類により異なりますが、おおむね数年間は交換の必要はないとされています。また、挿入後数日間の不正出血を見ることがありますが、多くの場合は安静により止血してゆきます。超長期にわたり放置されると穿孔にいたった例もありますので、挿入後は感染、脱落の有無を定期検診することが必要です。避妊失敗率は、脱出例を含めると2-3%とされているようです。欧米では第2世代の合成黄体ホルモン剤レバノルゲストレル(LNg)放出型IUDが主流のようで、これは連続使用が7年間と長い利点もあります。また、昨年(2000年)1月より日本でもML(マルチロード)CU250という銅付加IUDが発売となっています。銅付加の意義は、プロゲステロンによる子宮内膜の増殖を抑制すると同時に卵の着床を阻害し、さらに精子の通過を阻止するとされています。

 IUDは育児に追われる婦人にとっては、性交の度に気を使う必要がなく、男性の性欲を阻害することもない女性主体の簡便な方法であると思います。

c)ピルについて

 低用量ピル(LOC)が1999年より認可発売されたことにより、より一般的になると思いますが、産後の開始時期は妊娠中の血液凝固亢進状態が解消される産後8週前後が適当と思われます。服用開始前には妊娠を否定しておくことと授乳中はエストロゲンを含まないミニピルと言われる黄体ホルモン単独のものが適当ですが、日本では発売されていません。ミニピルは、混合型ピルのように泌乳を抑制することがないため授乳中にも有効ですが、精子の子宮内への侵入阻止と子宮内膜の変化による着床阻害という機序によるため、避妊効果は混合型ピルが一般的であり月経再開後の使用が妥当と思われます。副作用で最も注意すべきなのは凝固能亢進をもたらすための血栓症ですが、低用量ピルでは心血管系への影響はほとんどないと考えられています。避妊失敗率は、飲み忘れを含めても1%以下とされ極めて有効な方法です。毎日の服用が必要ではありますが、女性主体の避妊法である点が重要であると思われます。

d)基礎体温による避妊法

 産後に基礎体温を毎日つけることは極めて困難であり、体温の陥落、上昇は誤差が大きく産後の無月経期間中の排卵の予測は難しく、有効となるのはある程度周期的に月経が再開されてからとなります。頚管粘液を目安とする方法(ンFP)、リズム法も同様です。

e)卵管結紮

 手術的に卵管を結紮あるいは切り離す方法で、経腹、経腟のいずれかの方法で行います。この理論的には半永久的方法は、不可逆的であり対象は今後挙児を希望しない婦人に限定されることが多く、反復帝王切開の際に同時に行うか分娩直後の入院中に経腹的、開腹あるいは腹腔鏡下に行われます。ただし、分娩直後の卵管は浮腫状に膨潤しているため結紮による卵管の完全な閉鎖が得られず妊娠することもあります。また、圧挫結紮、切除、切除遊離、遊離埋没などの例でも妊娠の報告もあります。

 最後にまとめますと、産後の避妊は理屈では簡単なようですが分娩直後の夫婦にとっては切実な問題でして、数年間は避妊をしたいという場合と、もう子どもは作りたくないという場合で差があり、今後の家族計画、性欲などを含め具体的にどの避妊方法を選ぶかに関しては個々の症例により異なるでしょう。しかし、本質的には女性の主体性を主とした確実な避妊法を選ぶべきで、IUDないしはピルによる避妊法が主流になってゆくべきだと思います。