平成13年2月19日放送
 産科医療のインフォームド・コンセント 4前置胎盤
 慈恵医大青戸病院院長・教授 落合和彦

 

 経膣超音波診断の普及により、前置胎盤の診断は比較的容易になってきましたが、依然として母体死亡原因の15%前後を占めており、常位胎盤早期剥離とともに、医療事故、医事紛争へと発展しやすい疾患のひとつであります。このため、前置胎盤においては、医師・患者の相互信頼と十分なるインフォームドコンセントが要求されてまいります。

前置胎盤は胎盤が内子宮口にかかる状態のことでありますが、その程度により、全前置胎盤、部分前置胎盤、辺縁前置胎盤に分類されています。特に、妊娠の後半期で予期せぬ出血をおこすといった特徴を有しております。妊卵の子宮下部への着床がその原因とされ全妊娠の約0.5%に発生しますが、メカニズムの詳細については明らかにされておりません。診断は、経膣超音波により比較的容易でありますが、妊娠中期までは胎盤が上方へ移動することも念頭に入れて、診断にあたらなくてはなりません。無症状の場合でも37週までには帝王切開とするのが一般的ですが、それ以前であっても緊急手術となることもあるため、高次医療施設との連携を常に保っておく必要があります。

さて、インフォームドコンセントにあたっては、現在の状態とともに予想されるリスクについて話しておくことが重要であります。母体のリスクとしては、まず出血が挙げられます。時期や量、その性状などは必ずしも一定しておりませんが、無痛性の出血が前駆症状なしに起きてまいります。このため無症状であっても、安静を保ち、性交渉を避ける必要があります。また、上行性感染により流早産徴候がおきやすくなることや、帝王切開のリスクについても話しておくべきでしょう。前置胎盤の帝王切開では、付着部位によっては切開創が大きくなることや、胎盤の剥離面からの出血が思いのほか多くなるからであります。その上、弛緩出血なども起こりやすいので、あらかじめ輸血を準備しておくといった慎重さも必要であります。また帝王切開の既往がある場合には、癒着胎盤となりやすく、出血が更に増加することが予想されます。出血のコントロールができない場合には、DICへと移行し、子宮摘出を余儀なくされることも想定しておかなければなりません。一方、児に対するリスクとしては、児の未熟性について話しておくべきであります。前置胎盤では、胎盤血管からの出血により、胎児貧血や低酸素状態をきたし、胎児仮死、IUGRとなる頻度が高いとされているからであります。このような児の未熟性が想定されても、母体の状態によっては児の早期娩出が必要となり、児の予後が不良となる可能性についても併せてインフォームドコンセントしておく必要があります。

次に、妊娠の時期による対応の違いについて触れておきたいと思います。妊娠中期までの無症状の場合には、外来での経過観察が可能です。特に21週以前の前置胎盤ではplacental migration について説明し、頻回な超音波検査が必要であることも理解していただきます。帝王切開を扱わない施設では、32週までには高次医療施設への搬送を考慮すべきでありましょう。この場合でも、いくつかの施設を提示し、本人や家族の意向を配慮してあげることが、その後のトラブルを回避することにもつながるのです。出血などの症状がみられた場合には入院管理とし、必要に応じて tocolysis及び消炎療法を行います。出血の観察はもちろんの事、貧血の進行や子宮収縮、発熱、CRPなどの感染徴候にも注意する必要があります。内診による胎盤の触知は、以前は重要な臨床所見でしたが、現在では超音波検査で十分な情報が得られることに加えて、内診自体が、かえって出血を誘発することから、できるだけ内診は避けるべきだと考えられています。また、予防的措置としての頚管縫縮術を推奨する報告もみられますが、出血の評価ができなくなるだけでなく、子宮収縮や感染の原因とのなることから、否定的な見解が多いようです。原則的には32週までは待機的に対応しますが、出血のコントロールができない場合には帝王切開に踏み切ることがあります。当然ながら、この時期の帝王切開は、NICU の完備した高次医療施設で行われるべきでありましょう。

32週以降で無症状の前置胎盤では、出血の可能性を考え入院管理とするのが望ましいと思われますが、諸事情により外来通院での管理を行う場合でも、出血があった時の連絡と、入院の準備については充分に話しておかなければなりません。出血が少量で、 胎児仮死徴候がない場合には治療を続行し、36週前後まで待機しますが、出血総量が300ccを超えるか、または、胎児仮死徴候、感染、貧血の進行がある場合には、ただちに帝王切開を行います。辺縁前置胎盤では、経膣分娩が可能な場合もありますが、分娩の進行と共に出血が増加することも想定し、いつでも帝王切開に切り替えることができるよう準備をすすめておく必要があります。

母体搬送の目安は、自施設のキャパシティーによって異なってきます。分娩を扱わない施設では、週数にかかわらず、前置胎盤を疑った時にはできるだけ早く高次医療施設へと紹介すべきでありましょう。分娩は行っても、帝王切開は行わない施設にあっては、 診断がつき次第、 高次医療施設と連絡をとりあいながら、 搬送のタイミングをはかる必要があります。出血が反復する場合や、子宮収縮が抑制できない時には、直ちに搬送を考慮すべきでありましょう。通常は帝王切開を行う施設であっても、癒着胎盤などの大量出血が予想される場合や、2000g未満の低出生体重児など児の未熟性が考慮される場合には、新生児医療も含めた高次医療施設へと母体搬送する必要があります。いずれにせよ、時間帯、マンパワーも含めた自施設のキャパシティーを考えておくことが肝要であります。

さて、前置胎盤の子宮内胎児死亡例では、その取り扱いに苦慮することも少なくありません。妊娠初期の場合には、通常通りの子宮内容除去術を行いますが、頚管拡張に際し、強出血を誘発することもあり、十分な注意が必要であります。妊娠中期以降で全前置胎盤の場合には、胎盤血行が途絶された場合を除いて、帝王切開を行うのが一般的であります。できれば、カラードップラーなどにより、胎盤の血行動態をあらかじめ確認しておくことが望まれます。安易な対応が、母体の予後までも左右しかねない事にも留意しておくべきでありましょう。

以上のように、前置胎盤では、症状の有無、児のwell being、妊婦の希望などを充分に考慮した上で、自施設での対応が困難と判断された時には、素早く搬送を決断しなければなりません。いたずらに時間をのばし、搬送のタイミングを逸することが思わぬ結末になることも考えておくべきでありましょう。前置胎盤は、超音波検査により比較的容易に診断できるようになっただけに、インフォームドコンセントにあたっては、予想されるリスクをきちんと説明し、情報を共有化することがなにより重要なことではないでしょうか。