平成10年9月21日放送

日母先天異常モニタリング(1997年の結果及び25年のあゆみ)

日母産婦人科医会常務理事 住吉 好雄

日本母性保護産婦人科医会(以後日母と略す)では、1972年(昭和47年)から、外表奇形児のモニタリングを各日母支部からご推薦いただいた約270の医療施設の御協力により、今日まで継続してまいりました。この先天異常児のモニタリングと言うのは、1960年代始め頃、西ドイツを中心に多発した「アザラシ肢症」が妊婦の「サリドマイド」剤服用による薬害先天異常であることが明かになる迄に5年余りかかり、その間に全世界の24ケ国で、7,500人以上の「アザラシ肢症」の子供が産まれるという悲劇がおこりました。このような悲劇を2度と繰り返さないために、先進諸国では、その国に適した先天異常モニタリングシステムが開発、実施されるようになつた訳であります。わが国では1972年に日母の全国規模の病院ベースの先天異常児のモニタリングが開始され、1974年から鳥取県で県単位の人口ベースのモニタリングが、1979年から東京都立病・産院の病院ベースのモニタリングが、そして1981年からは厚生省心身障害研究に先天異常モニタリングが取り上げられ、已にスタートしていた、日母鳥取県、東京都立病・産院の他に石川県、神奈川県、大阪府、宮崎県等の人口ベースのモニタリングと都内日赤5病院、と愛知3県の口唇・口蓋裂のみのモニタリング等が加わり本格的にわが国のモニタリングが開始されました。しかしその後、大阪府、宮崎県、都内日赤5病院、都立病・産院のモニタリングは色々な事情で中止され、残りのモニタリングは昨年度まで心身障害研究の一つとして継続されてまいりました。本年度からは厚生省のご支援により日母のモニタリングを中心として1つの「わが国における先天異常のモニタリング」として続けることになりました。

1997年の対象出産児総数は、10万930名で同年のわが国の全出産児の約8.5%にあたり、そのうち奇形児総数は、1,256名で、奇形児出産頻度は1.24%と例年の1.0%前後よりやや高値を示しております。これは1997年よりマーカー奇形に心臓の先天奇形(心室中隔欠損、動脈管開存、心房中隔欠損、フアロー四徴、大血管転移、左心室低形成)等を加えたためと考えられます。母親の年齢別奇形児出産頻度では、19歳以下の母親からの頻度が1.40%と35歳〜39歳までの母親からの頻度1.36%をこえ、40歳以上の母親からの頻度1.72%に次いで多く見られました。

奇形発見時期は妊娠中が35%、出産時が42%、出産後が23%と妊娠中に診断されている症例が増えてきております。奇形の種類別発生順位は1位が口唇・口蓋裂の120例、2位がダウン症候群の86例、3位が新しくマーカーに加えられた心室中隔欠損の70例、4位が水頭症の66例、5位が耳介低位の61例、といずれもZ値が3以上を示し、有意に増加が見られております。一方、無脳症は、25位の20例とZ 値 -7.2と有意に減少が見られております。これらの増加について検討いたしましたが、ある特定の地域に多く発生しているのではないことが確認されましたので、もう1年今年の成績をみて対応したいと考えております。

次に1972年から1996年までの25年間の成績のまとめの一部をご紹介致します。25年間の対象出産児数は297万3千21名でその中奇形児数は2万7千25名で、その発生頻度は0.91%でありました。各年により多少の増減は見られましたが、いずれも有意の差は見られておりません。

奇形児の性別は女性を100とすると男性は114で明かに男児に多く見られています。

出生児体重別にみたものでは、2,499g以下の低出生体重児が34%を占め、正常児の5〜6%に比べ約5〜6倍に当たります。

診断時期についてみますと、出生前に診断のついていた率は、1974年には約10%、1980年頃、即ち超音波診断装置が普及しはじめた頃より年々増加し、1983年には20%をこえ、1990年頃から30%を越え、1995年には35%の症例が妊娠中に診断されております。

次にわが国で多く見られる奇形の種類をみますと、1位が全口唇裂で1万出生中13.7人、2位が口唇・口蓋裂の1万出生中10.1人、3位が指の多指症の7.8 人、4位が無脳症7.1人、でありますが、この無脳症については、23週以後の出生は、1997年では1万出生中2人と有意に減少しております。これは22週未満に診断し人工妊娠中絶がおこなわれるためで、発生率が減少したためではないことが、22週以前の出生前診断調査の結果確認されております。以下5位が口蓋裂の6.3人、6位が足の指の多趾症の5.6人、7位がダウン症候群の5.5人、8位が水頭症の4.5人、9位が足の指の合趾症の4.4人、10位が鎖肛の3.8人の順であります。

個々の奇形の過去25年間の発生の推移について見ると、夫々各年において多少の増減は見られますが、無脳症をのぞいて、有意の増減の変動は見られておりません。しかし、徐徐に増加する傾向の見られるものに口唇・口蓋裂、二分脊椎、ダウン症候群、尿道下裂等があり、今後の推移を注意深く観察する必要があると思われます。

この先天異常モニタリングの究極の目的は先天異常発生に係わる原因因子を究明し、除去することによつて、その発生を予防することにあります。

現在先進諸国における新生児・乳児の死亡原因の1位は、この先天奇形に因るものであります。わが国においても約10年前から1位は先天異常が占めており、平成8年度の統計では全乳児死亡の33.5%をこの先天異常が占めております。したがって、新生児・乳児死亡率を減少させるためには、この先天異常の予防ならびに早期治療が大きなウエイトを持つております。そこで各国ともこの問題に真剣に取り組んでおります。その1〜2をご紹介いたしますと、先ずビタミンB の一種である「葉酸」投与による無脳症、二分脊椎、脳瘤発生の予防であります。妊娠する4週間前から妊娠12週までの間「葉酸」を0.4mg投与することにより、これら神経管欠損症の50〜70%を予防することが出来るということで、アメリカ、カナダ、ノルウエー、イギリス、をはじめ、約10ケ国ですでに国をあげて、妊娠する可能性のある若い女性にこのことを勧告しております。わが国でも昨年度厚生省の心身障害研究の「先天異常モニタリングに関する研究」で葉酸とビタミンAの問題を取り上げ、日本人に適切な「葉酸」と「ビタミンA]の摂取量を検討し、その結果、「葉酸」は欧米人と同じ量の1日0.4mgを、ビタミンAは1日2,000〜3,000IU を、 いずれも妊娠する4週間まえから妊娠12週までの間摂取することが望ましいと言う結論が出されております。またアメリカでは、妊婦が妊娠12週までの間に1日20本以上喫煙すると、非喫煙者の2倍、口唇・口蓋裂の児を出生するという疫学的事実から、さらに特にA-2型のTGF(transforming growth factor) alpha 遺伝子を持つ婦人の場合はその危険度が8倍に増加するという事実から口唇・口蓋裂の予防のため妊婦の禁煙を強く勧告しております。

以上日母の先天異常モニタリングの最近の情報を中心にお話し致しました。