平成10年8月24日放送

新しい高脂血症診断基準について
─作成の契機と変更点およびその根拠を中心に─

慶應義塾大学医学部産婦人科学教室助教授 太田 博明

 昨年11月の日本動脈硬化学会冬季大会において,同学会の高脂血症診療ガイドライン検討委員会から「高脂血症診療ガイドライン」の原案が提案され,討議ののち,12月の同学会誌「動脈硬化」25 (1・2) に高脂血症診断基準が報告された。

 従来の診断基準値は1987年日本動脈硬化学会のコンセンサス会議で合意されたものであったが,当時から問題点が2つあった。1つは手続き上の問題で,もう1つは診断基準の内容の問題であった。手続き上の問題とは,コンセンサス会議で合意されたものの,学会の公式見解として対外的に表明しないまま広く知られるようになってしまったことである。従って学会としての診断基準であるのならば,正規の手続きを経て責任の所在を明確にした上で,公表することが必要となった。また診断基準の内容の問題とは,当時提示された総コレステロール (TC),トリグリセライド (TG),HDL-コレステロール (HDL-C) の数値はデータによる裏付けが必ずしも十分とはいえなかったことである。つまり当時は日本人における高脂血症と動脈硬化性疾患の関連を示す臨床・疫学データに乏しかったため,止むを得ず,外国の成績や日本の小規模な成績を参考にして作成せざるを得なかった。

 また,厚生省の第4次循環器疾患基礎調査による1990年のTC平均値は,1980年のそれと比較すると,男女を問わず,どの年代であっても10mg/dl以上の上昇を認めた。一方,同時期の米国人の平均TCは低下しており,このまま放置しておくと2000年には日米同じレベルになることが予測される。新ガイドラインは,このような変化に対応してTC値の上昇に歯止めをかけようという意図もあった。

 さらに,日本人における高脂血症と動脈硬化性疾患の関連を示すデータが,当時は十分でなかった。具体的には,TCが上昇すれば動脈硬化の発症率が上昇するというデータが,欧米諸国では36万人の男性を用いた multiple risk factor intervention trial (MRFIT) で"J"カーブを描き明らかだったが,そのようなデータは日本にはなかった。ところが,検討委員会による日本人の高脂血症と動脈硬化症を合わせた meta-analysis で,TCの上昇とともに動脈硬化の risk ratio が上昇し,そのラインがMRFITのものと一致し,TC が上昇すれば動脈硬化の発症率が上昇するというコレステロール仮説が日本でも成り立つことが確認された。今回の基準値は以上のような背景から作成された。

1) TCの細分類の採用

 1987年の日本動脈硬化学会コンセンサス会議では血清TC値220mg/dl以上,血清TG値150mg/dl以上,血清HDL-C値40mg/dl以下が治療開始基準として示された。ところが,今回の診断基準値はTG,HDL-Cは変わりはないが,TCについては細分類している。TC細分類の根拠としては,TCが200mg/dl未満であると,動脈硬化の発症率がある程度抑制され一定であるところから,望ましいTCを一応 200mg/dl とし,その時の動脈硬化の発症率すなわち危険率を1とした。その1.5倍は220mg/dl,2倍は240mg/dlに相当するが,国際的には基準値を下げようという動きがあること,また1987年の基準値220mg/dlが普及していることから,あえてそれをゆるめて240mg/dlにすることはないということで,1.5倍の220mg/dlをcut off値として採用し,220mg/dlを高コレステロール血症の診断基準とした。またその上,200mg/dl以上220mg/dl未満をグレーゾーンというべき境界域とし,200mg/dl未満を適正域とTCを3つに細分類した。

2) LDL-Cの採用

 次に今回の診断基準ではLDL-C値を主に採用している。その理由として動脈硬化性疾患のリスクを上昇させるのは,これまでの多数の研究からLDL-Cであることが実証されており,LDL-C値で診断を行うべきであることと,日本人の場合にはHDL-Cが高い傾向にあるので,TCを指標にするとリスク判定を誤る恐れがあることからである。しかし,このLDL-C値は超遠心法により分離・測定すべきであるが,一般臨床の場ではFriedwaldの推定式 (LDL-C値=血清TC値-HDL-C値-血清TG値/5) により算出している。そこで,検討委員会では1990年の日本人成人31,796例の血清脂値から,LDL-C値をこの式にて算出し,TC値と対比させてみた。その結果,血清TC値180mg/dl,200mg/dl,220mg/dl,240mg/dlは各々LDL-D値100mg/dl,120mg/dl,140mg/dl,160mg/dlに相当することが判明した。これにより,今回の診断基準ではTC値も併記されているが,LDL-C値を主として採用している。また,最近超遠心法以外の簡便なLDL-C直接法が検討されており,近い将来推定式のデメリットを解消させられる可能性があるので,将来的にはLDL-C値のみを診断基準とすることが考えられている。

3) 危険因子を加味したカテゴリーの採用

 さらに新診断基準では,高コレステロール血症以外の危険因子の有無によって,治療適用基準や治療目標を変えている点が異なる。つまり,危険因子を加味したガイドラインが提案されている。この理由として冠動脈硬化は,高コレステロール血症以外の危険因子の合併によりその進展が2倍にも3倍にも加速されることがFramingam Studyをはじめとする疫学的調査により明らかにされているからである。またすでに冠動脈疾患を有している患者の治療 (2次予防) は,未発症の患者に対する治療 (1次予防) よりも厳重に行うべきである。これらのことから,高コレステロール血症を治療する上で危険因子の有無と1次予防か2次予防かによって対象をA,B,Cの3つのカテゴリーに分類した。カテゴリーAは冠動脈疾患の合併がなく,高コレステロール血症以外の危険因子を有していない患者,カテゴリーBは冠動脈疾患の合併はないが高コレステロール血症以外の危険因子を有している患者,カテゴリーCはすでに冠動脈疾患を合併している患者である。なお,ここでいう冠動脈疾患とは心筋梗塞,狭心症,虚血性心電図異常など無症候性心筋虚血,冠動脈造影で有意狭窄を認めるものを指す。また高コレステロール血症以外の主要な動脈硬化危険因子として,加齢因子と冠動脈疾患の家族歴がある。加齢は男性の場合は45歳以上,女性の場合は閉経後と取り決めている。また,家族歴としては65歳未満のいわゆる早発性冠動脈疾患の存在が重要である。その他危険因子としては喫煙習慣と生活習慣病としてとらえられている高血圧 (140 and/or 90mmHg以上),肥満 (BMI 26.4以上),耐糖能異常 (日本糖尿病学会基準の境界型および糖尿病型) がある。この中で肥満は,アメリカのコレステロール教育プログラム (NCEP-ATP II) においては注釈にとどめられているが,わが国においては軽度であっても合併症を伴うことが多いので,独立した危険因子として取り扱っている。これらの危険因子は各々動脈硬化に対する寄与度が異なるので,それらの重症度や組み合わせにより本来管理基準を設定すべきであるが,余りにも複雑となり,ガイドラインの意味をなさなくなるので,単純にこれらの危険因子が1つでもある患者はカテゴリーBに含まれることとした。

 以上の結果,具体的な治療指針として冠動脈疾患も危険因子もないカテゴリーAはLDL-C 140mg/dlないし TC 220mg以上では生活指導および食事療法を施行し,LDL-C 160mg/dlないしTC240mg/dl以上では薬物療法を施行し,その治療目標はLDL-C 140mg/dl未満ないしは,TC 220mg/dl未満としている。また1つでも危険因子があるカテゴリーBではLDL-C120mg/dl以上ないしTC200mg/dl以上で生活指導および食事療法を施行し,LDL-C140mg/dl以上ないしはTC220mg/dl以上では薬物療法を,LDL-C120mg/dl未満ないしはTC200mg/dl未満を目標に施行する。さらに冠動脈疾患のあるカテゴリーCではLDL-C100mg/dl以上ないしはTC180mg/dl以上で生活指導および食事療法を施行し,LDL-C220mg/dl以上ないしはTC200mg/dl以上では薬物療法を施行し,その治療目標値をLDL-C100mg/dl未満ないしはTC180mg/dl未満としている。また生活指導および食事療法はA,B,C,すべてのカテゴリーにおいて治療の基本をなすものであり,とくにAでは少なくても数ヵ月は生活指導および食事療法で経過を観察すべきである。Bでは他の危険因子の管理強化でAに改善される例があることに留意する。

 以上,新しいガイドラインについて述べたが,ガイドラインは科学的根拠に基づき導き出された治療の方向性を最大公約数的に示したものである。従って,個々の患者の背景や病態を考慮して慎重に判断する必要があることを付記したい。また,最近4Sなど大規模介入試験によって高脂血症薬物療法による冠動脈疾患の1次予防 (未発症者に対する治療) と2次予防 (冠動脈疾患者に対する治療) が可能であることと,同時に生命予後の改善などの安全性が証明されている。われわれ産婦人科医もこのガイドラインを熟知し,女性のプライマリケアの担い手として日常診療に活用したいものである。