平成10年7月20日放送

日産婦関東連合より

慶応義塾大学医学部産婦人科教授 野澤 志朗

平成10年6月21日、東京都の中でも発展著しい臨海副都心「東京ビッグサイト」において、第95回日本産科婦人科学会関東連合地方部会総会を開催させて頂きました。学会当日は、天候にも恵まれ、1,144名という多数のご参加を頂きました。会員の先生方のご協力により一般演題には219題という多数の応募を頂きましたので、午前中に10会場で44のセッションを組み、全演題を口演とし、88人の座長の先生方のもと、腫瘍学、生殖医学、周産期医学の各分野での活発な討論が行われました。

午後は、12:00からの評議員会と同時進行で、4題のランチョンセミナーを企画致しました。

まずセミナー1は東海大学小児科の加藤俊一助教授に「臍帯血幹細胞移植」というテーマで、近々厚生省により設立が計画されている臍帯血バンクのお話を含めて講演を頂きました。セミナー2は「腹腔鏡下手術」と題して、東京大学産婦人科の堤 治助教授から進歩のめざましい腹腔鏡下手術の新しい展開についてビデオを用いた講演を頂きました。セミナー3は「骨粗鬆症診療における薬物療法開始の目安と薬剤の選択」というテーマで、東京大学老年病の細井孝之講師より、厚生省班研究のワーキンググループにおいて進められてきた骨粗鬆症治療のガイドラインの内容をふまえて、骨粗鬆症治療薬の使い方について解説して頂きました。セミナー4では、「多胎防止のための排卵誘発法」と題して、慶應義塾大学産婦人科田辺清男講師に、排卵障害における単一排卵を目指した新しい排卵誘発法の長所や短所、その成績をお示し頂きました。いずれの会場でも多数の会員の皆様にご出席頂き厚く御礼を申し上げます。

さて、二十一世紀が目前に迫ってきた現在、総医療費抑制の旗印の下、医療をとりまく環境は著しく変化しつつあり、同時に社会のニーズも多様化し、我々医療に携わる者に対する期待も変化しつつあります。そこで総会に引き続き、午後のプログラムとしては、二十一世紀に向けての足場を固めるとともに、次の世代を展望する機会とするべく、4題の特別講演と一つのパネルディスカッションを企画しました。

近年、分娩数の減少に伴う少子化傾向は予想を上回るペースで進行しており、日本の将来に大きな不安を投げかけておりますが、少子化に歯止めをかけるべく厚生省が「エンゼルプラン」を、また、東京都も「子どもが輝くまち東京プラン」を掲げております。特に、東京都の合計特殊出生率は全国平均の1.39を大きく割り込んで1.09と低いので、少子化対策が急務となっているのが現状です。そこで、特別講演1と致しまして、東京都衛生局健康推進部母子保健課 住友真佐美課長から「子供が輝くまち東京プラン」を中心に、行政サイドからの少子化対策についてのお話しをうかがいました。「子どもが輝くまち東京」の実現を目指すために、幅広いプランが実行されつつありますが、同時にわれわれ産婦人科医も従来の「子どもを産み育てる母親の『指導者』的立場ではなく、身近な『相談相手』あるいは『応援団』となり、地方自治体の行政サイドとも協力して事にあたって頂きたい」という貴重なご提言を頂きました。

言うまでもなく近年の死因の第一位は「がん」でありますが、最近、癌が遺伝子の異常に基づく疾患であることが明らかになってきました。従って、一時期のハイフィーバー振りは峠を越した感があるものの、「癌の遺伝子治療」にはいまだ大きな期待がかけられています。そこで、特別講演2と致しまして「細胞はなぜ癌化するか?」と言うテーマで、日本を代表する癌研究者のお一人である癌研究会癌研究所細胞生物部の野田哲生部長から、遺伝子レベルでの癌のup-to-date な考え方をお話いただきました。特に、ご自身が手掛けてこられた「がん抑制遺伝子」のひとつであるAPC遺伝子の、コンディショニング・ジーンターゲッティング法を用いた結果を、非常に分かり易く解説して頂きました。癌治療の将来を見据えるための足場を築くための素晴らしいご講演でした。

昔は腫瘍学と内分泌学は全く別の分野でしたが、約25年前、「癌患者では時々hCGなどのホルモンが異常に産生されている」と言う当時としては奇妙な事実が注目され、この現象の本態を究明すべく、我が国でも「Functioning Tumor研究会」と言う組織が設立され、さらに最近では「内分泌腫瘍学」と言う分野が確立しつつあります。そこで、3題目の特別講演として、この方面の著書を世に先駆けて出版された和歌山県立医科大学産科婦人科の仲野良介教授に、腫瘍とホルモンとの関係についてのお話しをお願い致しましたところ、「内分泌腫瘍学管窺」と言うテーマを頂きました。今回は「卵巣腫瘍とインヒビン/アクチビン」に関するご自身の臨床研究の成果を中心に、内分泌腫瘍学の近未来像をお示し頂きましたが、「癌は複雑系の科学である」という結論が大変印象的でありました。

現在、医療現場において患者さんと良い信頼関係を築き治療効果を上げるためには、インフォームド・コンセントは欠くことの出来ないものであります。しかし、マスコミでもこの言葉が頻繁に取り上げられている昨今、医療関係者と患者さんとが各々抱いているこの言葉の概念が、常に完全に一致しているかどうかは一抹の不安があります。そこで、最後の特別講演と致しまして、厚生省の「インフォームド・コンセントの在り方に関する検討会」の座長をかってお務めになり、しかも「ガン回廊の朝」をはじめ多くの医学関係の本を著し、医療の諸問題にも詳しい作家の柳田邦男先生に「作品としての医療ーインフォームド・コンセントを考えるー」と言うテーマで講演をお願い致しました。ご自身が優しくも冷静な目で、数々の医療現場を取材され、穏やかな口調で語られた患者さんの立場から見た現代医療の抱える問題点や将来への提言が、聴衆の一人一人の心の中にしみわたっていくような文字通りの名講演でありました。「患者も医療従事者も共に元気が出るような関係を作るための「かすがい」としてインフォームドコンセントを位置づけよう」というご提言を大切にして行きたいものです。

特別講演と同時進行で、「21世紀と産婦人科女性医師」と題したパネルディスカッションを企画致しました。近年、医学部の女子学生の比率が高まるに連れ、産婦人科を希望する女性医師の数も増加傾向にあります。女性医師は女性の心身の異常をより感覚的に理解出来ますので、女性医師の進出はわれわれ産婦人科医にとっては喜ばしいことであります。しかし、女性医師にとっては家庭生活との両立などに苦労されておられる方も少なくないと思われます。そこで、東京女子医科大学女性生涯健康センター井口登美子教授と日本母性保護産婦人科医会前原大作副会長の司会のもと、いろいろな立場の4人の女性医師のパネリストから、産婦人科女性医師が日常抱えている種々の問題点とその対応策について議論して頂きました。フロアーからも数々の貴重な意見が述べられ、家庭、職場、行政へと多岐にわたる要望が出されました。

続いて東京ビッグサイト一階のレセプションホールでの総懇親会を最終プログラムとして、午後8時近く無事学会を閉会することができました。

本総会の開催にあたり物心両面のご指導・ご支援を頂きました多くの皆様に主催校を代表して衷心より御礼申し上げる次第です。