平成10年6月8日放送

最近の多胎妊娠の動向

浜松医科大学産婦人科教授 寺尾 俊彦

 多胎妊娠には医学的にも社会的、経済的、家庭的にも、種々の問題があります。産科的問題についてみると、例えば低出生体重児が生まれる可能性が高く、周産期死亡率が高いこと、早産や妊娠中毒症などの産科合併症が多いこと、また、多胎妊娠固有の胎児異常、すなわち双胎間輸血症候群で1児が胎児水腫になったり、死亡する可能性があること、PVL(脳室周囲白質軟化症)で脳性麻痺になることがあること、双胎両児間に発育の差 discordancy がみられる場合があること、分娩時に第2児や第3児が胎児仮死になることがある等々、単胎に比べて多くの問題があります。3胎、4胎と胎児の数が増加する程、そのリスクは高くなります。

 新生児医療の面からも、多胎児がNICUを占拠してその運用に支障を来しています。また、家庭的にも育児、教育、経済の面で困難があります。

 多胎妊娠の出産数は年々増加しています。日本における多胎妊娠の頻度は1980年代の前半までは双胎が出産1,000に対し6.5、すなわち約150分娩に1回の割合でしたが、排卵誘発剤が広く用いられるようになった1980年代前半より増加し始め、IVF-ET(体外受精・胚移植)が行われるようになった1980年代後半より急激に上昇、最近では双胎は出産1,000に対し9、すなわち110分娩に1回の割合で生まれています。3胎はかっては出産100万に対し50、すなわち2万分娩に1回の割合でしたが、最近では280、すなわち3,700分娩に1回の割合で生まれています。4胎以上についてみると、かっては出産100万に対し数例でしたが、今では27、すなわち37,000分娩に1回になっています。これを実際に生まれた数でみてみますと、3胎は1994年に352件、1995年は337件、1996年321件と毎隼3百数十件の3胎出産があります。4胎以上についてみますと、1994年は38件、1995年は34件、1996年は9件でした。かっては年間数件の4胎以上の出産が数十件に増加したことになります。ただし、1996年は9件に激減しました。これは排卵誘発剤の使い方が慎重になったこと、IVF-ET(体外受精・胚移植)において移植する胚の数を3個以内にするようになったこと、4胎以上の妊娠では減数手術が行われていることによると思われます。

 1996年2月、日本産科婦人科学会では学会誌に会告を出し、体外受精・胚移植における胚の移植数を3個以内にするように会員に呼びかけました。それまでの調査で移植する胚の数を3個にした場合と4個以上にした場合とでは妊娠率に変わりがないこと、一方、4個以上移植すると多胎妊娠率が増加することが明らかにされたからであります。

 厚生省では1994年、「多胎妊娠の予防・管理・ケアに関する研究班」を発足させ、続いて1996年にはこれを受け継ぐかたちで「不妊治療のあり方に関する研究班」を設けました。この研究班では多胎妊娠に行われた減数手術についても調査をしています。4胎以上を妊娠した場合に行われた減数手術は、1994年は43.3%、1995年は36.7%、1996年には74.1%でありました。1996年には4胎妊娠が1995年の34件から9件に激減しましたが、一方、減数手術の割合が36.7%から74.1%と2倍の割合で行われていたことから推察して、9件に激減したのは減数手術が行われたことが大きく影響したものと思われます。会告を遵守したことにより、すなわち、移植する胚を3個以内に止めたことにより4胎以上の妊娠が無くなることが期待されますが、これは1997年の統計に現れてくると思います。1997年の統計は今年の秋に出る予定です。

 さて4胎以上の妊娠は体外受精・胚移植によるものだけではありません。排卵誘発剤であるゴナドトロピン製剤(FSH製剤やhMG製剤)の投与だけでも起こります。殊に多嚢胞性卵巣症候群(Polycystic ovary syndrome、PCOS)の症例では排卵誘発剤の1種であるクロミフェンを投与しても効果がみられないことあり、結局ゴナドトロピン製剤を使わざるを得ない場合が多いのですが、多嚢胞性卵巣症候群の症例では卵巣のゴナドトロピンに対する感受性に個人差が大きく、時に反応が過剰となって卵巣過剰刺激症候群 ovarian hyperstimulation syndrome、OHSS や多胎妊娠が起こりやすくなります。そこで厚生省の研究班では多胎妊娠の発生を予防するにはどのような排卵誘発をしたら良いのかについて研究しました。その結果、現在のところ以下の二通りの方法が推奨されます。

1つはhMGを1日75単位を7日間投与後、主席卵胞径が10mm以下なら112.5単位/日に増量し7日間様子を観て、まだ卵胞が未発育の時は150単位に増量するというように、順次少量から増量して行って、卵胞が成熟した時点でhMG5,000単位を注射する方法が、多胎の発生がみられず、かつ、妊娠率では従来の方法と差がないことがわかりました。もう1つの方法はFSH-GnRH 律動投与法と呼ばれる方法で、FSH製剤150単位連日投与、発育卵胞径が11mmを越えたらGnRH製剤をミクロポンブを使って2時間毎に20マイクログラム注射し、主席卵胞径が18mmの時点まで投与し、卵胞成熟が得られたらhMGの筋注にて排卵を促すという方法です。この場合も1例も多胎妊娠がみられませんでした。この方法は現在、まだ保険適応になっていませんが、今後採用されることを期待しています。

 さて、減数手術は法的にもまだ曖昧なままになっていますし、可能なかぎり避けるべき手術です。多胎妊娠を防ぐには多胎が起こらないような不妊治療法を開発しなければなりません。今後の更なる研究が望まれます。