8.帝王切開後の静脈血栓塞栓症(VTE)の予防のために早期離床を

「産婦人科診療ガイドライン産科編2017」における帝王切開後のVTEの予防策について変更があったので、その要旨について解説します。
VTEの発症頻度が妊娠中に高いことはよく知られており、そのリスクは分娩後に低下します。しかし、産褥期の6週間はVTEの発症率が非妊時よりも高く、妊娠中と同様の注意が必要であるといわれています。また、分娩後について小林らは我が国の肺血栓塞栓症の発症頻度を報告しています(日本産婦人科・新生児血液学会誌. 14:1-24, 2005. )。1991年から2000年の10年間102施設の調査によると、肺血栓塞栓症は43.6万分娩の中で59例(0.02%)に発症しています。この症例の中で経腟分娩での発症は9例/34.8万分娩(0.003%)である一方、帝王切開では50例/8.7万分娩(0.06%)であり、帝王切開では経腟分娩の22倍の肺血栓塞栓症の発症頻度であることを示しています。
さらに、分娩後の数日間にVTEの発症リスクは高まると考えられます。その理由は経腟分娩では飲水量が減って、汗を多くかき、高度に血液濃縮が起こる症例があることや、帝王切開では、術前の飲水制限や手術中、術後の下肢運動制限によってVTEを作りやすい環境にあるためと思われます。そこで、経腟分娩,帝王切開のいずれにおいても早期離床はVTE予防に有効であり、経腟分娩、帝王切開を問わず早期離床は重要であると考えられます。
さらに、日本産婦人科医会が行う妊産婦死亡報告事業でも肺血栓塞栓症の事例は毎年報告されてきています。2010-2013 年に発生した VTE に関連して死亡した妊産婦は 13 例(7.0%)であり、産褥期の発症は、46.1% (6/13)で、その6 例中5例が帝王切開術後、1例が経腟分娩後のものでした。帝王切開術後のVTE に関連した死亡の5事例では、35 歳以上が40% (2/5)、また、BMI 30 kg/m2以上の肥満症例はなく、必ずしもVTEのリスクが高いグループではありませんでした。さらに、1 例を除いて弾性ストッキング、あるいは間欠的空気圧迫法によるVTE予防対策が行われていました。しかしながら、術後の離床は、5 例中1例を除いてすべて術後2日目以降であったことから、「帝王切開術後の静脈血栓塞栓症予防のため術後1日目までには離床を促す」と「母体安全の提言2014」で提言されることになりました。そして、産婦人科診療ガイドライン産科編2014でも「早期離床を勧める。(C)」と記載されました。しかし、この記載が2017年版では、「脱水の回避および改善を図り,早期離床をすすめる.(B)」との記載に変更になるとともに、推奨度がBにあがっています。
ここでいう早期離床とはどの程度をいうのかはガイドラインには明記されていませんが、「母体安全の提言2014」には術後1日目と記載されており、それが目安になると思われます。しかし、術後1日目といっても最大で術後48時間未満までを指す可能性があり、特に、緊急手術で夜中に手術した場合には離床が遅れる可能性があります。そこで、昭和大学病院では「原則24時間以内に離床させること」として取り組んでいます。24時間以内に歩かせて、尿道バルーンを抜去しているわけではありません。介助下に少し歩かせてベットに戻すのみです。少し手は掛かりますが、そのような取り組みで、肺血栓塞栓症の発症がわずかにでも削減される可能性があると思っていますので、検討してみてください。さらに、これに加えて昭和大学病院では予定帝王切開での飲水制限は直前まで行わないように変更しています。また、術後の飲水も2時間後から原則可能にすることで、脱水の予防を図っています。これは脊椎クモ膜下麻酔だけではなく、全身麻酔でも行っています。術後の飲水が早くなると腸蠕動が亢進し、空腹感もでてくるため、食事の開始も当然早めています。
 この他にも、産婦人科診療ガイドライン産科編2017には帝王切開時のVTE予防のために①砕石位の場合は膝窩部を強く圧迫しないこと、②弾性ストッキング着用(あるいは間欠的空気圧迫法)を行うこと、③患者にVTEのリスク評価を行い、リスクのある分娩では(以下のリスク分類に応じて)抗凝固療法を考慮すること、などが記載されています。VTEから発症する肺血栓塞栓症は妊産婦死亡という最悪の結果の原因になりますので、ガイドラインを再度読み直して、できうる限りのVTE予防に積極的に取り組んでいただきたいと思います。

CQ004-2 分娩後の静脈血栓塞栓症(VTE)の予防は?(一部抜粋)
1. 脱水の回避および改善を図り,早期離床をすすめる.(B)
2. 帝王切開は開脚位(あるいは仰臥位)で行うか,砕石位の場合は膝窩部を強く圧迫しない状態で行う.(C)
3. 帝王切開を受ける女性では弾性ストッキング着用(あるいは間欠的空気圧迫法)を行う(間欠的空気圧迫法については下記Answer 10参照).(C)
4. 表1に示すリスク因子を有する女性には下肢の挙上,足関節運動,弾性ストッキング着用などをすすめる.(C)
5. 分娩後の予防的抗凝固療法および間欠的空気圧迫法については以下に従う.
1) 表1の第1群の女性に対して,「分娩後抗凝固療法」あるいは「分娩後抗凝固療法と間欠的空気圧迫法との併用」を行う.(B)
2) 表1の第2群の女性に対して,「分娩後抗凝固療法」あるいは「間欠的空気圧迫法」を行う.(B)
3) 表1の第3群の女性に対して,「分娩後抗凝固療法」あるいは「間欠的空気圧迫法」を検討する.(C)
10. 間欠的空気圧迫法については,以下に留意する.
1) 使用前に問診・触診を行い下肢深部静脈血栓症が疑われる場合には行わない.(B)
2) 手術(帝王切開や産褥期の手術)に際しては手術中,できれば執刀開始前より開始する.(C)
3) 手術後は歩行開始以降に中止する.(B)
4) 経腟分娩後では歩行困難な期間のみ使用する.(B)

表1