8.周術期に休薬すべき性ホルモン関連薬剤は?

今年も身近な簡単そうかつ意外と知られていない話題を取り上げてみたいと思います。患者さんの予定手術が決まったら、「OC・LEPなら術前4週、術後2週以内の休薬は常識で、休薬すべき薬剤は沢山あるので、看護師にチェックしてもらっている」ところも多いと思いますが、他にも周術期静脈血栓塞栓症(VTE)予防目的で注意すべき点を挙げてみます。

・国内ガイドラインに2015年以降の論文は引用されていない
・SERM製剤は、添付文書上に周術期の休薬について記載されている
・HRT製剤は、周術期の休薬について添付文書上では記載されていないが、経口HRT製剤でVTEリスクは増加する

・国内ガイドラインに2015年以降の論文は引用されていない

OC・LEPガイドラインは2015年度版、ホルモン補充療法ガイドラインは2017年度版が現在のところ最新版となりますので、最近の論文は掲載されていません。
日本循環器学会等が出している「肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)」も2012年のACCP(米国胸部医学会)ガイドラインや2014年のESC(欧州心臓病学会)ガイドラインを参考に作成されているため、今後の論文次第では、将来方針が変わる可能性があるかもしれません。

ちなみにVTEの危険因子によるVTE発症リスクは、10,000人・年あたり、
褥婦・・・40-65人
妊婦・・・5-20人
OC・LEP・・・3-9人
コントロール・・・1-5人
であり、OC・LEPのVTEリスクは数倍程度の「弱い」危険因子とされています。

弱い危険因子には、他に肥満下肢静脈瘤があります。中等度の危険因子とは、高齢、長期臥床、うっ血性心不全、呼吸不全、悪性腫瘍、中心静脈栄養カテーテル留置、がん化学療法、重症感染症で、強い危険因子とは、深部静脈血栓症の既往、先天性血栓性素因、抗リン脂質抗体症候群、下肢の麻痺とされています。

また、経口HRTではVTEリスクは2,3倍程度(おそらくOC・LEPよりも弱いリスク)、経皮HRTでは有意なリスク上昇なしとされています。
ESA(ヨーロッパ麻酔学会)の周術期VTE予防ガイドライン(2018)では、70歳以上の高齢者に特化したガイドラインもあるのが特徴的ですが、エストロゲンについては休薬のみ記載されています。
ASRM(米国生殖医学会)の0Cガイドライン(2017)によると、E2よりも半減期が長く活性の高いEEの用量依存的にVTEリスクが上昇するが、併用する黄体ホルモンの種類でVTEリスクの有意差はないとしています。
国内医薬品副作用データベースを解析した報告では、周術期に関わらず中用量ピルの一つである、特にプラノバール®のVTEリスクについて言及されています(PLOS ONE, 2017)。
肩関節鏡の手術で57,727人中924人がOCを服用していた米国の研究では、独立したVTEリスク因子として肥満は抽出されたが、OC服用は抽出されなかった報告(Ortho J Sports Med, 2019)からも、VTEリスク因子として大きくはないようです。

・SERM製剤は、添付文書上に周術期の休薬について記載されている

意外と知られておらず、実は自身が勤務する病院では術前にチェックすべき薬剤のリストに掲載されていません!SERM(Selective Estrogen Receptor Modulator)は経口エストロゲン製剤と同様に血液凝固系を活性化させます。
よって、添付文書上は、

バゼドキシフェン(ビビアント®):外科手術前から術後完全歩行できるまで休薬すること
ラロキシフェン(エビスタ®等):外科手術3日前から術後完全歩行できるまで休薬すること

となっています。
ラロキシフェン服用8年間の結果では、VTEの頻度はプラセボ群1.01%に対して、エビスタ群1.72%®と有意差を認めない報告がされています。余談ですが、SERMや経口HRTは僅かなVTEリスク上昇とはいえ、70歳以上の治療継続には不向きであり、他剤への変更を検討すべきかもしれません。

ちなみに、乳癌治療経口剤であるタモキシフェン(ノルバデックス®等)もSERMの一つです。
タモキシフェンは乳腺に対して抗エストロゲン作用を有しますが、血液凝固系は活性化させますので、VTEリスクは2,3倍程度増加します。日本の添付文書上では、周術期や長期不動状態における休薬記載はありませんが、英国では休薬フローチャートが存在します(Int J Surg 313-316, 2012)。

・HRT製剤は、周術期の休薬について添付文書上では記載されていないが、経口HRT製剤でVTEリスクは増加する

先にも述べました通り、経口HRTではVTEリスクは2,3倍程度、経皮HRTでは有意なリスク上昇なしとされているとしましたが、一つ注意が必要です。
ホルモン補充療法ガイドライン2017年度版のCQ405「周術期にHRTは中止すべきか?」のANSWERには、1991年の文献等が根拠ではあるものの「手術のリスクによって4~6週前から、術後2週間または完全に歩行できるまで中止する」との記載があります。
HRT製剤の添付文書にも、周術期における慎重投与については記載されていますので、現状では、予定手術の際には可能な限り周術期に経口HRTについては休薬を勧めることが無難と思われます。