6.事例から学ぶ:妊娠分娩管理1

 ゼミナール6以降は、具体的事例を参照しながら、紛争予防や紛争発生時の対応について検討していきます。
 前回のゼミナール5では、いわゆる医療紛争において、法的には、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」を注意義務の基準とする枠組みに沿って過失の有無が判断されること、つまり、問題となっている医療行為が医療水準に達していないと判断されれば過失があると判断されることを紹介しました。
 今回は、産婦人科関連で最もトラブルとなることが多い分野のひとつである妊娠分娩管理のうち、分娩監視における過失が認められた2つの具体的な裁判事例(実際の事例に多少の改変を加えています)を取り上げて、どのような場合に過失が認められているかを紹介し、紛争予防について考えます。

事例1

【概要】 妊娠31週3日に下腹部の張りと少量の性器出血の自覚があり、妊婦健診通院中の産婦人科医院を受診。切迫早産の診断で入院し、リトドリン塩酸塩の点滴開始。
 入院後のCTGで胎児心拍数は110~150bpm、看護師は遅発一過性徐脈ではないかと考え体位変換。その後、医師は遅発一過性徐脈を疑いつつも「基線が130bpmで一過性頻脈もあるため正常」と判断し、分娩監視装置を外した。このときの看護師は、心拍数が120~150bpmで遅発一過性徐脈を疑う所見ではないかと認識。
 翌日、出血増量し、児心拍動消失。常位胎盤早期剥離の診断で母体搬送され、緊急帝王切開術施行されるも死亡胎児を娩出。

【裁判所の判断】 以下の理由により、医師の過失ありと判断。
 入院時のCTGは基線細変動減少と高度遅発一過性徐脈と判断されるが、同時点で経過観察としたことが過失とまでは言えない。
 他方で、その後の基線細変動減少、高度遅発一過性徐脈の発生を正常と誤判断していることについては、判読が難しいとしても、経過観察を継続していれば異常心拍パターンの判断は可能であり、同時点で分娩監視装置の持続装着、超音波検査、高次医療機関への転送等の措置を取るべきであった。

【事例から学ぶこと】 事例1で問題となった「基線細変動減少、高度遅発一過性徐脈の発生を正常と誤判断」は、子宮収縮の度に反復する遅発一過性徐脈に対し、基線を低く判読して一過性頻脈を繰り返すパターンと読み誤ることにより生じたものと考えられ、様々な場面で同様の誤判断について注意喚起がなされています。このような、しばしば起こりやすいミスや陥りやすいピットフォールについて法的責任が課せられるというのは厳し過ぎる、と見る向きもあるかもしれません。
 しかし、裁判所は、当時の「産婦人科診療ガイドライン産科編」における、切迫早産、常位胎盤早期剥離、CTGの判読と対応などについての言及や、産婦人科専門医の意見、その他の関連する文献等を根拠としながら分析し、過失について判断しました。ガイドラインでも言及され、様々なところでも注意喚起がなされているような重要なポイントだからこそ、産婦人科医療に携わる医師がそのようなミスをすることは、法的に許容されないという考え方です。事例1で医師の過失ありと判断されたのは、やむを得ないと言うべきでしょう。
 紛争予防のための重要なポイントのひとつは、ガイドラインにも示されるような通常求められるレベルの医療が提供できるよう知識や技術をアップデートし日々の研鑽を怠らない、という医師として当たり前のことであり特別なことではありません。

事例2

【概要】 妊娠38週0日、前期破水のため、妊婦健診通院中の産婦人科医院に入院。子宮口開大は2cm、児頭下降度はSt-2。破水に対する分娩誘発の必要性について説明し、同日メトロイリンテルを挿入して100mL注入。
 しばらくするとCTGで2回の遷延一過性徐脈が出現するも、准看護師は異常に気づかず医師に報告しなかった。その後、メトロイリンテル脱出及び臍帯脱出が確認され、医師に連絡。医師到着時、子宮口は全開大であり、臍帯脱出より約30分後に吸引分娩にて児を娩出。アプガースコア1/1。
 児は、新生児搬送されるも、低酸素性虚血性脳症と診断され、生後7カ月で死亡。

【裁判所の判断】 分娩誘発の適応、メトロイリンテルの使用に過失はないが、遷延一過性徐脈の段階で医師に連絡されなかったことについての過失ありと判断。

【事例から学ぶこと】 事例1における医師によるCTG誤判読とは異なり、事例2ではCTG異常に気づかなかったこと自体はスタッフのミスですが、そのスタッフのみに分娩監視を任せていたのは担当医師であり、そのような体制をとっていたことはその医療機関の責任者(多くの場合は医師である院長や理事長など)ですので、医師または医療機関の過失が当然に問われることになります。
 スタッフに分娩監視を任せられる状況なのかどうかの判断は慎重にすべきですが、その他にも、普段からスタッフに対しCTGの判読についての教育・研修を行っておくこと、医師・スタッフ間の情報共有の体制を整えておくことなど、事例2から学ぶことは少なくありません。