31.ジャンプアップ7(感染)

 

 感染症、発熱は低酸素状態への耐性を減弱させ、脳にdamageを与えやすくする(1次的傷害)。また、遅発性神経細胞死に向かう様々なカスケードを加速させbrain damageを深刻なものにする(2次的傷害)。これらを抑制しようとするものが、脳低温療法である。低温は遅発性神経細胞死への進行を抑制し、1次的傷害に止めることで、その機能回復を促そうとするものである。
 ただ一方で、低体温は酸血症を誘導するというジレンマがある。現在、成人におけるヨーロッパの多施設協同研究は脳温度を36度に保つことを推奨し(ちなみに彼らの平均体温は36.5度から37.5度)、いつか、その流れが新生児にも訪れるものと推測している。
 いずれにしろ、分娩中の母体発熱は要注意である。

1.判読し、対応してください(図1)

 

 今回も、図説CTGテキスト(メジカルビュー社)から引用する。
 症例は、24歳、2妊1産。妊娠40週、陣痛発来にて受診した際のCTGである。判読し、対応を検討していただきたい。

 胎児心拍数基線は180 bpmと頻脈で、一過性の心拍数変動はない。胎児心拍数波形レベル分類ではレベル2、基線細変動を減少と判読すればレベル3になる。レベル2では医師に連絡、レベル3では医師の立会い要請と言ったところであろうか。
 しかし、その前に確認しなければならないことがある。何を行うべきか指摘できるか?

2.分娩開始時のチェックリスト(抜粋)(図2)

 産婦人科診療ガイドライン産科編では、分娩入院時にチェックするべき項目を推奨している。ここで、重要なのはバイタルサインの確認である。
 この症例の母体体温は38.6℃で、心拍数124/分と増加し、臨床的絨毛膜羊膜炎の基準をみたしていた。

3.絨毛膜羊膜炎

1)組織学的絨毛膜羊膜炎(図3)

 もともと絨毛膜羊膜炎は、分娩後の胎盤病理検査から確立された概念である。上行感染が起こると活性化した母体白血球が増加する。Blanc(ブラン)*はこの白血球の浸潤程度により、stage分類を行った。いわゆる組織学的絨毛膜羊膜炎である。
 白血球はまず絨毛間腔に浸潤する。通常でも絨毛間腔は母体血で充たされており、この段階では大きな問題はない(stage Ⅰ)が、浸潤はやがて絨毛膜に波及(stage Ⅱ)し、羊膜にいたる(stage Ⅲ)。
 細菌感染は絨毛膜羊膜に止まっていても、炎症反応が引き起こされ、サイトカインが産生される。このサイトカインが胎児に波及し、胎児が高サイトカイン血症に陥った状態を、胎児炎症反応症候群(fetal inflammatory response syndrome; FIRS)と呼ぶ。
 stage Ⅲでは高率にFIRSが発生し、FIRSは低酸素状態への耐性を減弱させる

* Blanc WA. Pathology of the placenta, membranes and umbilical cord in bacterial infections in man. Placenta Disease. London Williams and Wilkins, 1981; 67-132

2)臨床的絨毛膜羊膜炎(図4)

 組織学的絨毛膜羊膜炎は、娩出した胎盤から病理検査を行うもので、分娩進行中に評価できない。そこで、提唱されたものが臨床的絨毛膜羊膜炎である。しかし、本邦にはその定義がなく、ここでは、世界的に汎用されているLencki(レンキ)*の診断基準を紹介する(図4)。
 欧米人と日本人は基礎代謝が違うせいか体温が異なる(前述)が、我々は長らくこの基準で管理を行い、大きな問題に遭遇していない。陣痛で来院する妊婦では、37℃台半ばまで体温が上昇していることもあり、38℃の基準は概ね妥当と考えている。

* Lencki SG et al. Maternal and umbilical cord serum interleukin levels in preterm labor with clinical chorioamnionitis. Am J Obstet Gynecol. 1994;170:1345-51.

母体発熱への対応

 母体の発熱に際し、あなたの施設ではどのように対応しているであろう。クーリング、補液、抗菌薬の投与などがよく耳にする対応だ。しかし、この状態こそ、絨毛膜羊膜炎を想起しなければならない。インフルエンザ、感染性胃腸炎、発疹などの症状がなく、妊婦に発熱を認めたら、まず、臨床的絨毛膜羊膜炎である。
 絨毛膜羊膜炎とすれば、抗菌薬の投与など母体治療により改善する可能性は低い。一度判断されれば、可及的速やかに妊娠を中断、すなわち分娩することが必要になる。
 私の施設では、分娩の進行が速やかで、数時間(明確な基準はないがイメージとしては5−6時間)で分娩に至ると予測されれば、補液や抗菌薬投与により経過をみることもある。しかし、分娩の進行に時間を要し、予測が立たない時は、ICの上、急速遂娩(帝王切開)を実施するようにしている。
 発熱だけであっても、低酸素状態への胎児の耐性は減弱するのである。