18.少しだけでも知ってほしい産婦人科矯正医療とは?

 先生方は矯正医療をご存知でしょうか?
歯並びの矯正とは関係ありません。矯正施設(刑務所・少年院など)で行われる医療のことです。
 医療によって身体的・精神的な健康を保持することで、刑務所や少年院等に入所している被収容者を改善更生させるための基盤を構築することが理念の一つとなっています。
 全国に医療専門施設(4ヵ所)、医療重点施設(9ヵ所)、医療少年院(2ヵ所)があります。

 私が非常勤で勤務している東日本矯正医療センター(旧八王子医療刑務所、昭島市)は、医療専門施設の一つで、婦人科は非常勤医師3名体制で診療を行っています。
 約500床規模で、検診や人工妊娠中絶を含む手術(ちなみに自身の母体保護法指定施設としているため、常勤先において人工妊娠中絶手術はできません)、緩和ケア、摂食障害治療等を法務省予算(健康保険外)で医療が行われる病院です。
 写真のように新築移転したこともあり、外観・診察内共に明るく清潔な印象で、婦人科診察室内も電子カルテ、オーダーリングシステム、内診台、エコー、コルポスコープ等が一通り整備されています。

 さて、矯正医療において産婦人科は必要でしょうか?
 まず、従来から行われている拘置所や鑑別所等で行われる入所前の身体検査で、妊娠や性感染症を見つけることが少なくないのが実状です。地方では、矯正施設の近隣にある産婦人科施設の先生方に診察を依頼することも多いようですが、複数人の刑務官が付き添っての診療はお互い負担が大きく、被収容者にとっても人目にさらされて診察される感が否めません。あと、在社会時に子宮がん検診を受けたことがない被収容者も多く、異形成や子宮がんが見つかることも珍しくありません。

 入所中の健康管理は、自由が制限されている分、細やかな点まで行き届いているのが個人的な感想ですが、課題は「出所後」の更生、すなわち再犯防止に繋がる健康管理にあります。
 被害に遭われた方々の心情や国民の税金を使っている点を十分に配慮しながらも、その場限りの管理責任だけではなく出所後においても被収容者の健康があってこそ、真の更生や再犯防止がみえてきます。
 具体的には、妊娠して中絶を選択するなら適切な治療後に中絶を繰り返さない「避妊に関する指導だけでなくOC処方やIUD挿入」等が、産む選択をするなら単に分娩時に分娩施設に転送して新生児を実家や乳児院に預ける手配を行うだけでなく、将来的な虐待予防に繋がるように短期間でも母児分離を回避するサポートを行う必要性があります。法務省の中央レベルでは検討されて育児室は整備されていますが、現場では様々な制約(頻度の少ないケースに対して専門スタッフを配置するのが困難など)により実際の運用に至っていないのが現状です。

 あと、月経関連疾患のケアが手つかずになっているのが大変気になります。被収容者の多くは、貧困や摂食障害等により月経トラブルで苦しんでいても、本人はもちろん周囲も治療で改善する疾患として認識せずに鎮痛剤服用で放置されている月経関連疾患ハイリスク集団と言えます。加えて家庭内等で日常的に性暴力の被害に遭っている背景を持つケースも多いです。しかし、入所までに受診して性教育・月経コントロールの指導や治療を受ける機会がなく、産婦人科医療アクセス不良の点では「積極的に産婦人科医療のサポートを必要とする集団」とも言えます。
 生命予後に直接影響はなくても、月経に関連した症状によって出所後の就労や学習への障害となれば、貧困・再犯の悪循環から脱することは困難です。入所中に性教育を行って出所後のサポート体制を紹介するだけでなく、入所中からOC/LEP等の服用習慣を付けさせることにより、出所後の更生に向けた様々な身体的恩恵を享受できる費用対効果に優れたメリットが、産婦人科医の先生方には容易に理解できると思います。

 矯正施設の被収容者のうち女性が占める割合は約1割程度とマイナーな存在であることが、矯正医療において産婦人科医療の優先度が低く普及していない一因でもあります。少子化もあり女子少年院被収容者となると、全国で百人前後レベルの少数しかおらず、半年から1年間程度で一般社会に戻っていきます。
現在、東京オリンピックに関連してOC/LEP服用をはじめとする女性アスリート支援が注目されていますが、OC/LEPに関する一般社会における認知向上への追い風をきっかけに、法務省や矯正施設内での月経関連疾患に対する理解が拡がり、社会のために産婦人科医療を活用いただけるよう願っています。