16.担当患者さんの手術合併症に遭遇したら

 前回、手術の話題を取り上げてみたところ、意外にも大学病院等の病院に勤務されている若い先生方も読まれていることが分かりましたので、今回も手術の話題について文書ではあまり取り上げられていない話題をしたいと思います。

 自分の執刀した患者さんに合併症が生じた場合です。偶発合併症ではなく、少なからず遭遇するのが、
「術中大量出血や術後再出血して輸血や再手術等が必要になった」
「他臓器損傷で再手術や外科・泌尿器科処置が必要になった」
とかでしょうか?
他にも、医療事故が発生した、分娩でベビーの状態が悪いケースでも同様かもしれません。

このような経験をすると最初に考えるのは、
「自分の手技・判断、診療態度に問題があったのでは?」と悩み始め、周囲が気を使ってそっとしていると、
「皆が自分を避けて臨床が下手と思われている、自分は産婦人科医に向いていないのでは」
と孤立感に苦しみ始めます。追い討ちをかけるように、そういう時に限って普段なら目をつぶってもらっていた仕事上の些細な不満の積み重ねが噴出することで人間関係が悪くなり、果ては
「この医局では、上司は責任を取ってくれず、同僚や部下も助けてくれない」
と、燃え尽きて病院を去ってしまう将来有望な先生方を何人もみてきました。
 自身は産婦人科医を始めて20数年間が経過し、50歳を超えた今でも手術や分娩当直を続けていますが、ゴッドハンドどころか、「普通レベルの腕の専門医」ですので、上記のようなことは、これまで自身が何度も遭遇してきました。それなりの学習や経験を積んだつもりですが、今でも経験することがありますし、これからもあるでしょう。このようなことは、産婦人科医でなくても医師を辞めたくなる位、辛い思いをすることもありますが、これまでの経験で何か参考になりそうなことがあるかもしれませんので、書いてみました。

  1. 患者さんの容体が落ち着いてから、検証や反省を行う
    経験が少ないとパニックになるかもしれませんが、まずは
    患者の容体の立て直しに集中し、全力を注ぎましょう。そのためには報告しにくい事実経過があったとしても、1人で抱え込まず上司・同僚・関連診療科には早めに、ありのままの全てを報告・相談して応援を仰ぎ、責任を多くのスタッフで共有することが、冷静な治療戦略を立てる上で大切です。
    しんどい時期でも報告用の記録は取っておく。しんどい時期は1分でも多く自身の休養を取ることが大切になりますので、検証や反省する時間はありません。この時期に検証や反省をしても客観的に考察できませんし、生産的でないので努めて考えないようにしましょう。事実経過は時間と共に曖昧になるので、報告用の記録は頑張って当事者が作成するのがベストであり、反省文ではありませんので講評は入れずに事実を羅列するだけでよいです。カルテ記載だけでなく、自分の携帯とかでもいいので画像による資料収集や保管は有用です。
     巷には、多くの医療安全関係や臨床上のトラブルシューティングに関する書物や手術DVD、講習会等があります。慌てずに患者さんの容体だけでなく自分の精神状態が落ち着いてから検証や反省を行い、理想的には普段から「明日は我が身」と感じながら勉強しておくのがよいでしょう。手前味噌ですが、日本産婦人科医会から、「研修ノート」や「母体安全の提言」等、様々な有益な情報が得られます。
  2. 孤立感は避けられないが、当事者である自分の苦しい状況や気持ちに一番近い人は「患者さんやその家族」であることに気付く
     たとえ、術者である自分に対して不信感や怒りを持っているとしても言えます。
     多少経験が必要かもしれませんが、このような境地に悟ることができると、ネガティブな感情から脱却して患者を救おうとポジティブな気持ちになれます。
     しんどい時期に上司や院長、病院の顧問弁護士とかから色々問題点を指摘されると、「一体どっちの味方なんだ!」と被害妄想になり、1秒でも早く転職してリスクのある一切の医療行為をしたくなくなります。
     批判だけでなく、「お前は全く悪くないから訴えてきたら受けて立とう」とか「一番辛いのは患者さんだから、お前は何言われても我慢しろ」とか言われたこともありました(一部患者さんの家族等による違法行為には、警告・通報して毅然と立ち向かいましょう)。
     逆に、素晴らしい上司や院長、病院の顧問弁護士も存在しますが、結局のところ、どのような周囲から何を言われても何も言われなくても孤立感は避けられません。
     なぜならば、身近な同僚や上司・部下であっても親や配偶者・パートナであっても当事者ではなく、その時点での当事者は自分とその患者さん(とその家族)だけだからです
     その孤立感を何とかするには、自分の辛い境遇に最も近い目の前の患者さんと向き合うことが、自身のメンタルが崩壊したり上司から担当を外されたりしない限り、現実的には臨床経過とともに互いの関係も改善していく可能性が最も高くなると思います。

  3. サポートする周囲のスタッフは言動に注意する
     皆さんはセカンドレイプという言葉をご存じでしょうか?すなわち、性暴力被害者に不用意な声掛けを行うことで、被害者がさらに傷つくことが問題となっています。
     具体的には、「~よりまだましですよ」「なぜ、相談しなかったの」「これくらいで済んでよかったね」「思ったより元気そうだね」等が挙げられますが、今回の話題の場合にも当てはまる言葉が多いです。
     しかし、慎重な言動が必要だからと言って、全く声掛けもせず「そっとばかりしておく」のも考え物です。差し障りのない声掛けだけでも良いし、可能なら傾聴できるのが、医療プロフェッショナル同士の職場仲間として理想と考えます。