第六回:出産後の抜け毛の量が育児中の不安に独立して関連

東京科学大学周産・女性診療科
廣瀬明日香

 出産後は一時的に抜け毛が増えることが知られています。出産した女性の多くが抜け毛を経験するといわれ、一般的によく知られた現象ではありますが、研究論文はとても少なく不明な点が多くあります。

問 出産後の抜け毛とは何ですか?

答 出産後は一時的に抜け毛が増えるといわれています。妊娠中に起こる毛周期の変化の結果と考えられており、休止期脱毛に分類されます。妊娠中は成長期が延長し分娩後は休止期に移行する、つまり、妊娠中は抜けるべき髪が抜けずに分娩後にまとめて抜ける、という現象から、抜け毛が増加すると考えられています(図)。研究論文はとても少なく、1960年代および2000年代にいくつか発表されている程度です。

図 毛周期

成長期 2-6年 退行期 約3週間 休止期 約3か月

問 どの程度の抜け毛が生じますか?

答 抜け毛の程度には個人差がありますが、中には頭部全体に抜け毛が生じる場合や長期に渡る場合もあるといわれています。私たちは以前、出産後の抜け毛に関するオンラインでのアンケート研究を行いました(Hirose A, et al. Int J Womens Dermatol. 2023; 16;9(2):e084)。
 アンケート配布時に産後10か月から18か月経過した褥婦を対象に調査を行い、331名の回答を解析しました。このアンケート調査の中で、産後、抜け毛を感じましたか?という質問に対して、「全くなかった/少し抜けた/かなり抜けた/非常に抜けた」と答えたのが、それぞれ8.2/30.8/46.5/14.5%でした。つまり、抜け毛を多少なりとも感じた人が91.8%という結果でした。どんなときに抜け毛を感じましたか?という質問に対しては、複数回答で、洗髪時が90.0%、髪のセット時が46.8%、床や枕に抜け毛を見つけた時が46.2%、誰かに指摘された時が9.3%でした。出産後の抜け毛はびまん性脱毛であり、頭髪が全体的に均等に薄くなるため、周囲の人からは気づかれにくいという特徴があります。人知れず悩んでいる女性もいるのかもしれません。

問 いつから始まり、いつ頃までに落ち着きますか?

答 出産後2~4か月頃から始まり、6か月から1年程度続くといわれますが、私たちが行った前述の出産後の抜け毛に関するアンケート調査では、開始時期、ピーク時期、終了時期はそれぞれ平均で2.9か月、5.1か月、8.1か月でした。個人差もあるため、1年程度は様子をみて、抜け毛が改善しないようなら皮膚科の受診をお勧めするのがよいかもしれません。

問 なぜ出産後に抜け毛が生じるのですか?

答 出産後に生じる女性ホルモンの変動が影響を与えていると考えられています。エストロゲンやプロゲステロンの低下、プロラクチンの変動や甲状腺ホルモンの低下などが原因として推測されてきましたが、実際にホルモン値と出産後の抜け毛の関連を示した論文はありません。出産後は、精神的ストレスが強まったり、睡眠状況が悪化したり、体重が変動したり、母乳育児などにより栄養状態が変化したり、一般的に抜け毛へ影響を与えると考えられているいくつもの要因が重なる時期です。要因が複合的に影響して出産後の抜け毛が生じるものと考えられます。
 私たちが行った前述の出産後の抜け毛に関するアンケート調査では、出産後の抜け毛がどのような要因と関連しているのかを検討しました。抜け毛が全くなかった27名と多少なりともあった304名で2群に分け、多重ロジスティック回帰分析を行ったところ、授乳期間の長さが出産後の抜け毛の独立した予測因子であることが明らかになりました。授乳期間が6か月未満と短かった女性に比べて、6か月~12か月の女性、12か月以上の女性では、抜け毛が生じる調整オッズ比は、それぞれ5.96(95%信頼区間:1.68, 21.09)、6.37(95%信頼区間:1.95, 20.76)でした。母乳育児は、プロラクチンのGnRH分泌抑制作用により、低ゴナドトロピン性の無月経になります。授乳回数の減少や断乳、卒乳により授乳刺激が十分減少するとプロラクチンは低下し、エストロゲンとプロゲステロンは妊娠前のレベルに戻ります。これまで多くの論文でエストロゲンと発毛の関連が示唆され、出産後の抜け毛の原因としてエストロゲンの減少を推測する論文もありましたが、根拠となる研究はありませんでした。私たちのアンケート調査では血液検査は行っていないためホルモン値の詳細は分かりませんが、この授乳期間が抜け毛と関連したという結果は、エストロゲンの低下と出産後の抜け毛が関連する可能性を示唆するものかもしれません。

問 出産後の抜け毛と精神症状の関連について教えてください

答 前述のアンケート調査では、抜け毛がストレスや悩みになっていましたか?という質問も行いました。「全く悩まなかった/少し悩んだ/まあまあ悩んだ/すごく悩んだ」という選択肢に、それぞれ26.9/47.2/18.9/7.0%が回答しました。73.1%が多少なりとも悩んでいたという結果でした。
 一方、同じアンケート調査の中では精神症状に関して、エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)、Whooley二項目質問票、Generalized Anxiety Disorder 2-item(GAD-2)、アテネ不眠尺度の質問票を用いて詳しく評価をしました。
 抜け毛の程度とこれらの質問票での精神症状の関連について解析を行ったところ、出産後の抜け毛が「全くなかった」群と比較して、「非常に抜けた」群では、GAD-2の「緊張感・不安感」が有意に強いという結果でした。同様に、GAD-2の「心配を止められない」およびEPDSの不安項目においても、統計学的に有意ではないものの「非常に抜けた」群では精神症状が強い傾向が見られました。抑うつ症状を評価するWhooley二項目質問票と、EPDSのうつ項目では、抜け毛の程度と関連がみられませんでした。このため、出産後の抜け毛は抑うつ症状よりも不安症状に影響を与えるのかもしれません。

問 出産後の抜け毛が産後の不安に与える影響について教えてください

答 出産後の抜け毛の程度と有意に関連のあったGAD-2「緊張感・不安感」に着目し、緊張感や不安感に影響を与え得るさまざまな要因についても解析を行いました(Hirose A, et al. J Obstet Gynaecol Res. 2024;50(12):2239-2245)。多重ロジスティック回帰分析を行った結果、経産回数が少ないこと、分娩週数が早いこと、出産後の抜け毛の程度が強いこと、アテネ不眠尺度のスコア高値が、GAD-2「緊張感・不安感」と独立して関連していました。特に、出産後の抜け毛に関しては、「全くなかった」群と比較して、「非常に抜けた」群では、GAD-2「緊張感・不安感」の調整オッズ比が4.58(95%信頼区間:1.18–17.74)と有意に高い結果でした。
 今回の研究は横断研究のため、出産後の抜け毛とGAD-2「緊張感・不安感」の因果関係は分かりません。抜け毛の多さが緊張感・不安感を高めるのかもしれませんし、緊張感や不安感が強い褥婦は、何らかの原因で出産後の抜け毛が多くなるのかもしれません。

問 出産後の抜け毛の治療法はありますか?

答 出産後の抜け毛の治療法について検討した先行研究があります。甲状腺ホルモンの補充や、局所的なプロゲステロンやエストラジオールの塗布、低用量経口避妊薬などが調査されてきましたが、今のところ確立された治療法はありません(Thom E. J Cosmet Dermatol. 2017;16(3):421-427)。

問 出産後の抜け毛にどのように対応すればよいですか?

答 出産後は、女性ホルモンの変動や睡眠状況、精神疾患の既往や家庭環境、成育環境、児の栄養方法など、さまざまな要因が精神症状を悪化させると考えられています。出産後の抜け毛も出産後の不安を悪化させる一因である可能性がありますが、他の要因と異なり、情報提供によって影響を小さくできるかもしれません。約9割が抜け毛を経験すること、そのうち7割以上が悩みに感じていること、産後5か月頃が抜け毛のピークで産後8か月頃には落ち着くであろうこと、これらの情報を伝えることで、不安を解消できる可能性があります。
 産婦健康診査を終えると産婦人科を受診することは基本的になくなるため、産婦人科医が抜け毛の悩みを聞くことはあまりありません。妊娠中や産婦健康診査に、出産後のトラブルについても少し情報提供をしておいたり、産後数か月の褥婦とお話する機会があれば、抜け毛について聞いてみたりしてもよいかもしれません。

2025年9月29日作成