第三回:乳がん患者の妊娠・出産のためのタモキシフェン内服に関するステートメント

埼玉医科大学総合医療センター産婦人科/日本がん・生殖医療学会理事長
髙井 泰

問 乳がん患者がタモキシフェンを服用するのはどんな時ですか?

答 タモキシフェン(Tamoxifen, TAM)は、ホルモン受容体陽性(特にエストロゲン受容体陽性)の乳がんの患者に対して使用される内分泌療法薬です。通常、5~10年間の服用が推奨されます。

問 TAM内服を中断して妊娠を目指す乳がん患者が増えているそうですね。再発は増えないのでしょうか?

答 2023年に、POSITIVE(Pregnancy Outcome and Safety of Interrupting Therapy for women with endocrine responsIVE breast cancer)試験の結果が報告されました1)2)。本試験は、妊娠目的に術後内分泌療法を中断する方法の安全性と妊娠評価に関する単群前向きの医師主導国際臨床試験です。対象は、妊娠を希望する42歳以下のホルモン受容体陽性乳がん患者で、術後内分泌療法を18~30カ月行った後に、3カ月のwash out期間(避妊期間)を経て妊娠を試み、最長中断期間を2年として内分泌療法を再開しました。
 本邦からの62人の患者も含めた518人に対する観察期間中央値41カ月(3.4年)における初回解析結果では、乳がんイベント(局所再発、転移、対側再発など)発生率は治療を中断しなかった女性と同等でした(3年間の乳がんイベント発生率9.2% vs. 8.9%)。

問 妊娠成績はどうだったのでしょうか?

答 妊娠の有無を追跡できた497人中368人(74%)の女性が少なくとも1度の妊娠を経験し、317人(63.8%)が少なくとも1名の生児を得ました。また、化学療法や内分泌療法の前に妊孕性温存療法として胚凍結を行い、内分泌療法中断後に融解胚移植を行った患者で妊娠・出産率が最も高い(OR 2.41[95%CI 1.75-4.95])ことが分かりました。本試験の参加者は77.4%がTAMを内服しており、3カ月を避妊期間として試験は実施されましたが、児に関する有害事象は低体重(<2,500g)29児(7.9%)、先天異常8児(2.2%)であり、一般の頻度と同等でした。

問 POSITIVE試験によって、乳がんの内分泌療法を中断しても問題ないと言えるのでしょうか?

答 以下の点に注意が必要です。

  1. 長期的な影響はまだ不明
    短期間(3~4年程度)の観察結果であり、5~10年後の乳がん再発リスクについては今後の追跡調査が必要です。
  2. 対象患者は慎重に選ばれている
    ホルモン受容体陽性(ER+)の早期乳がんで、診断後18~30カ月間、内分泌療法を継続した患者が対象で、HER2陽性や再発リスクが非常に高い患者は対象外です。
  3. 中断後の内分泌療法の再開が重要
    なかなか妊娠しないなどで中断期間が2年を超えた患者は除外されています。

問 POSITIVE試験によると、TAMを中断して3カ月経てば妊娠を目指してよいのでしょうか?

答 TAM中断後の避妊期間に関しては注意が必要です。従来は発生毒性のみを考慮して3カ月とされていました。これは、TAMの代謝物の血中半減期(T1/2)14日間の5倍にあたり、血中からほぼ消失する期間とされています。薬剤が胚や胎児に及ぼす影響を考慮する一般的な考え方に基づけば、3カ月の避妊期間後に妊娠を目指すことは妥当と言えます。しかし、2023年2月に厚生労働省から「医薬品投与に関する避妊の必要性等に関するガイダンス」(表参照)が発出され3)、発生毒性だけでなく遺伝毒性も考慮すべきであると示されたことに従い、TAMの添付文書が同年5月に改訂され、最終投与からの必要な避妊期間が6カ月間延長され、9カ月とされました。

表 遺伝毒性、催奇形性、胚・胎児死亡を考慮した避妊の必要性や避妊期間(女性患者の場合)

遺伝毒性あり 5×T1/2※2+6カ月※1
遺伝毒性なし 催奇形性または
胚・胎児死亡 あり
5×T1/2※2、3
催奇形性または
胚・胎児死亡 なし
5×T1/2※2+6カ月※1
  1. ※1 本表における「半減期(T1/2)」が2日未満の時は、「5×T1/2」の期間を考慮することなく、「6カ月」としてもよい。
  2. ※2 「5×T1/2」の期間は実際に医薬品が体内から消失する時間の実データがあれば、実データの期間に置き換えてもよい。
  3. ※3 染色体異数性誘発性がある場合には、5×T1/2+1カ月とする。なお、T1/2が2日未満の時は、「5×T1/2」の期間を考慮することなく、「1カ月」としてもよい。

問 「遺伝毒性」とは何でしょうか?

答 抗がん剤の一種であるアルキル化剤の精子形成への影響を検討した多くの試験によって、分裂中の細胞が、DNAや染色体に損傷を与える遺伝毒性の影響を受けやすいことが示されています。排卵直前の卵子の減数分裂時の遺伝毒性による影響も無視できません。2019年5月に発出された米国食品医薬品局(FDA)による「抗腫瘍薬の生殖毒性に関する試験および添付文書ガイダンス」や2020年2月に発出された欧州医薬品庁(EMA)による「遺伝毒性と避妊に関する答申書」では、女性に関する避妊の根拠として遺伝毒性も考盧することとなっています。

問 医薬品が遺伝毒性を持っているかどうかは、どのような検査で調べることができますか?

答 今日用いられる主な遺伝毒性試験のうち、生殖細胞(精子、卵子)への遺伝毒性に関わる遺伝子(突然)変異試験としては、in vitro試験としては細菌を用いる復帰突然変異試験とマウスリンフォーマTK試験があり、in vivo試験としてはトランスジェニックマウス突然変異試験があります。後者では、化学物質を投与されたマウスから組織を採取して、抽出されたDNAの突然変異体頻度を評価します。しかしながら、生殖細胞検体として用いられるのは精巣・精子であり、卵巣・卵子は対象となりません。ヒトにおいて思春期以降の男性配偶子では多数の体細胞分裂や減数分裂が起きているために遺伝毒性の影響を受けやすいのに対して、思春期以降の女性配偶子では約1カ月に1個の卵子のみで減数分裂が再開するために遺伝毒性の影響を受けにくいことにも留意すべきです。

問 遺伝毒性があると、なぜ6カ月間も避妊期間が延びるのでしょうか?

答 医薬品が卵子に及ぼす影響は未知の点が多いのですが、交配1週間前にシクロフォスファミド(CPA)に曝露された雌マウスでは、着床率、生産率が有意に減少し、交配1~6週間前に曝露された雌マウスでは、胎仔奇形率が有意に増加したと報告されています4)。マウスにおけるCPAの半減期は0.45~0.52時間であり、数時間で排出されることが知られているため、この現象の原因は初期胚や胎仔の曝露が原因ではなく、卵胞の曝露が原因であると考えられています(ただし、卵子の遺伝子変異の有無は調べられていないため、必ずしも卵子DNA異常が奇形の原因であるとはいえません)。さらに、交配3週間前曝露群で胎仔奇形率が最大であり、マウスでは原始卵胞が排卵するまで3週間かかることから、原始卵胞から発育開始直後に曝露されると、胎仔奇形率が最大になるとも解釈できます。一方、ヒトにおいては、原始卵胞が排卵するまでには少なくとも6カ月程度かかるとされているため、仮にこの結果をヒトにそのままあてはめるならば、CPA曝露から6カ月以内に妊娠あるいは採卵を試みる場合、リスクを伴うということになります。

問 マウスの実験報告だけに基づいて、ヒトに用いられる薬剤の添付文書のガイダンスを作成したということでしょうか?

答 そうです。米国FDA、欧州EMA、わが国でほぼ同様のガイダンスを作成しましたが、トランスジェニックマウス突然変異試験で精子への遺伝毒性ありとされた医薬品が卵子へも遺伝毒性を有すると考える根拠や、体内から排出されて6カ月未満の妊娠や採卵において実際に遺伝毒性を示すとする実臨床での根拠は乏しいのが現状です。実は、米国FDAは2018年9月に、TAM中断後の避妊期間を2カ月から9カ月に延長しましたが、中断後2~9カ月間の妊娠症例でも母児に異常がみられないことから、2019年4月に避妊期間をもとの2カ月に戻しています5)

問 わが国ではどうしたらよいのでしょうか?

答 この件に関して日本がん・生殖医療学会として協議した結果、2024年10月に「乳癌患者の妊娠・出産のためのタモキシフェン内服中断、そして最終投与からの望ましい避妊期間についてのステートメント」を発出しました6)。本ステートメントでは、

  1. TAMの内服を中断し自然妊娠を試みたり採卵したりする場合、最終投与からの必要な避妊期間は、添付文書に従い9カ月を推奨する。
  2. TAM内服前に妊孕性温存療法として採卵され、体外で凍結保存された胚や未受精卵子を用いて妊娠を試みる場合は、既に遺伝毒性は回避されているため、最終投与からの必要な避妊期間は発生毒性のみを考慮し3カ月とすることは許容されると考える。
  3. 妊娠・出産後や中断が2年を超えた場合には、速やかにTAMの内服を再開することを強く推奨する。
    としました。

問 TAM中断後の避妊期間中に妊娠した場合、どうしたらよいのでしょうか?

答 避妊が推奨される期間に妊娠が確認された女性とそのパートナーに対しては、リスクに関する丁寧なコミュニケーションと十分なカウンセリングが必須であり、妊娠継続の適否は慎重に検討されるべきです。すなわち、上記ステートメントにおける避妊期間は、次世代へのリスクを最小化する予防的行動としての避妊期間であり、避妊期間中に妊娠したからといって、胎児の奇形や遺伝子異常のリスクが高いとする根拠は乏しいことを明確に伝えるべきです。医薬品の曝露が無くても出生児の先天異常は3~5%にみられることを含めて、丁寧な情報提供が必要です6)