日産婦医会報(平成24年3月号)

東日本大震災の生殖医療への影響と今後の課題

宮城県吉田レディースクリニックARTセンター 吉田 仁

震災の概要

 仙台市は震度6強(M8.9〜9.0)が約2〜3分間持続し、その後も強い余震が断続的に起こった。電気をはじめとするライフラインと陸海空の流通経路が遮断され、孤立状態となった。電話やインターネット、新聞等の情報機関も停止した。ほとんどの店が閉店し、食料、日常生活用品、ガソリン等の供給がストップした。

震災直後の当院の状況(患者・スタッフ)

 3月11日震災当時は会議中だったが、立っているのも大変な揺れの中すぐさま入院棟の本館に移動し、新生児や入院患者を確認し、全員を誘導しながら一旦屋外に緊急避難させた。37週の陣発中の妊婦は、余震が続く中自家発電を回して6時半に無事出産となった。ここからが毎日大変な日々が待ち受けていた。震災当日は入院患者を管理しやすいように、2階の回復室や陣痛室へ移動した。自家発電のため最小限の明かりのみとした。ART センターのラボ部門では採卵、胚移植は午前中に終了しており、14時から震災10分前まで顕微授精をしていた。インキュベーターの扉が開きかけたり、クリーンベンチの棚が倒れかけたのを押さえ、屋外へ避難した。培養器の機能は維持された。自家発電器はART センターと入院棟の本館と別々に設置していたが、軽油確保の困難と節約のため採卵、胚移植を停止し、ART センターを閉鎖した。

各部門で起こった問題点と対処法

  1. 3月14日より午前中外来とし、連日ミーティングにて情報交換し、避難所生活をしているスタッフの事を知る。病院に来られるスタッフや泊まり込み約5日間で対応。

  2. 長期停電の影響:すべての胚培養を停止し、凍結保存とした。採卵胚移植を含め診療自体が困難となった。

  3. 培養機器の損壊:長く強い横揺れで両端のアンカーが抜けかけたため、再度強度補強を施行。上段の水がこぼれ、ディシュは右奥へ寄っていたが、胚は無事だった。今後培養器の危機管理のため、ドライ式インキュベーターが必要。

  4. 採卵、胚移植の停止:3月12日震災翌日採卵胚移植はすべて停止し、余震の続く中、前日までの受精卵を凍結完了した時点でART センターを一時閉鎖。このため胚の損失等は完全に防止できた。外来の患者(受精卵の対応や黄体の補充)は本館で対応。3月16日液体窒素は郡山から輸送された(通常10Lのところ5Lのみ)。夜に電気が復旧。IVF自体停止していたため、機器類は業者による点検・修理を依頼し、再開した。

日本生殖医学会の被害状況のまとめ

 東北、関東甲信越地域243施設へのアンケートにより、建物の損傷33件(15%)、培養器の転倒7件(2.9%)、N2タンクの転倒0件、電源停止あり78件(32%)うち自家発電あり65件(83%)、診療記録の喪失0件、胚・卵子喪失12件(5%)、精子喪失3件(1.2%)、凍結胚喪失0件、計画停電の影響あり80件(33%)、物品供給への影響あり52件(22%)であった。シャーレから培養液の流失、長時間停電のため胚に影響等より自家発電の設置が不可欠であり、培養器への転倒防止策、液体窒素への凍結への準備が重要である事が確認された。

今後の対策と必要な備蓄や課題

 より詳細な災害マニュアル作成、スタッフの役割、災害時の情報確認、患者の安全確認方法、停電時の機器類の復旧作業手順、クリニックから患者への情報発信、緊急時の凍結保存基準、備蓄品(食料、水、携行ガソリン缶、軽油、液体窒素、凍結保存液、培養液の多めのストック、毛布、IH 調理器、ガスボンベ、湯沸かしポット、懐中電灯、ラジオ、ワンセグ携帯、簡易トイレ、ウエットティッシュ、インジェクター等の機器部品の予備)。

まとめ

 震災は予期せぬ時に突然やってくるので、とっさ時にいかに対処できるかでクリニックの評価が決まる。日頃の危機管理体制をしっかり準備しておく事が最も重要である。今後どこで震災に遭うかわからない状況で、我々の経験を出来るだけ多くのART 施設にお伝えし、今後の危機管理体制に備えて頂く事が我々の使命だと痛感した。