日産婦医会報(平成24年1月号)

大震災・原発事故と医業への影響と今後の対策〜福島県がこれからめざす医療

いちかわクリニック(福島市) 市川 文隆

1.地震当日一平成23年3月11日午後2時46分

その地震発生1時間前に緊急帝王切開が終わり、午後の診察を開始した矢先だった。当時、褥婦、新生児、切迫早産でウテメリン持続点滴中の方達も含め16人が入院していた。幸い誰一人怪我なく、建物自体もさほど被害なし。しかし院内は滅茶苦茶。揺れが収まり直ちに入院患者さんをマタニティールームに移動させ、院内設備の被害状況を確認。地震直後より停電になったが、私所有のミニバンに100Vのコンセントがあり、また移動式無影灯もあったため吸引分娩程度までは対応できると判断した。ただ二人の方の受精卵を培養していたが、培養器まで回せる予備電力はなかった。電話も通じなかったが、情報収集に役にたったのが携帯電話のワンセグ、ラジオやpocket Wifi によるインターネットであった。停電は約24時間で復旧した。

2.震災後・福島第一原発爆発

外来診療は3月14日より開始し、分娩や帝王切開などはほぼ通常通りにできた。断水が数日間続いたため院内のトイレ、シャワーが使えない状態であったが、幸いにも私の自宅の敷地内に井戸水があり、人海戦術で院内に水を運び急場をしのいだ。ガソリン不足も深刻であったが、スタッフ間でやりくりし、4月上旬までにはほぼ回復した。震災直後より、福島第一原発は緊急停止したという情報は入っていたが、3月12日に水素爆発を起こしたというニュースが飛び込んできた。その後、原発がかなりのダメージを受けていたことが徐々に判明し、放射能漏れも起こしており、津波による死者、行方不明者の方々の捜索もできない状況。

正確な情報が入ってこないために、まず、スタッフを落ち着かせ、広島、長崎の原爆やチェルノブイル原発事故と福島原発事故ではどこがどのように違うのか毎日のミーティングで説明し、それをもとに妊婦さん、患者さんに冷静な対応をするように話かけを行った。ただ、一般の方々は、テレビやインターネットの恐怖心を煽るような報道に惑わされ、一時パニックに近い状態になり県外脱出された方も多い。長崎大学大学院医歯薬学総合研究科長山下俊一先生、広島大教授神谷研二先生が福島医大副学長に就任して下さり、各地で我々医療従事者や一般の方々向けにわかりやすい講演を行っていただいた。現在、福島県民の多くは冷静な判断ができているようではあるが、問題となっているのは一部の反原発団体の扇動的言動や医学的根拠が全く欠如している週刊誌報道などである。福島=危険=避難という図式が全国的に広まってしまっている。農林水産業だけではなく、製造業や観光業における風評被害も甚大であり、当院のように分娩を扱う施設では、震災以後ほとんど里帰り分娩がなく、また不妊症関連では、hMGの使用量だけをみると震災前と比べ約40%減少している。医業収益は8月末の段階で概ね10〜15%減である。

3.これからの福島の医療

福島県の復旧、復興の大前提は原発事故を1日も早く収束させることは言うまでもない。今でも震度5弱程度の地震が時々あるため、今後数年は大きな余震に注意しなければならず、当院では定期的な避難訓練の実施、スタッフ連絡網の見直し、長時間の停電に備えクリニックの最低限の機能維持のための自家発電装置(最大20kw 発電)の設置を行い、いつでも稼働できる体制にした(検査室・培養室も含め)。また度々の強い揺れのため、Piezo Micromanipulator、顕微鏡の微調整が効かなくなり、総入れ替えも行なった。

今後、政府、東京電力や自治体に求めることは、速やかな情報開示と除染作業の実施である。また福島医大学長菊池臣一先生が「福島に住めば、健康で長生きでき、病気にならない。きめ細やかな予防対策が行われ、病気になっても最新最良の医療を受けられる安心を提供する」と述べられている。この言葉を肝に銘じ産婦人科医としても福島県の復旧、復興のために医師魂を発揮したいものである。

最後に震災直後より、日本産婦人科医会、学会の迅速な対応、支援物資の配給や励ましのお言葉をいただき、心より感謝する次第である。