日産婦医会報(平成23年1月号)

未受診や飛び込みによる出産等実態調査報告書〜大阪産婦人科医会の報告書より〜

大阪府立母子保健総合医療センター産科主任部長 光田 信明 

【はじめに】

 未受診妊婦あるいは飛び込み出産は社会(福祉)問題であるのか、科学的な医学上の問題であるのかと いう命題を明らかにする目的から、大阪府において悉皆調査を行った。

【方法】

 未受診の定義は受診回数3回以下、または受診しない期間が3ヶ月以上とした。府下160の分娩取り扱い施 設に2009年1月から12月まで調査した。大阪産婦人科医会内には産婦人科診療相互援助システム(OGCS)が1987年 から稼働しており、受入困難事例はほぼ漏れなくOGCS 加盟病院に搬送される。調査は産科学的背景、周産期事象、 新生児の合併症、職業や国籍などの社会学的背景、および未受診理由、未収金などについて回答を求め、アンケート を開始した。

【母体から見た予後】

 28の施設から計152件の未受診妊娠 が寄せられた。132件(時間外に救急隊要請で搬送された18件を含む)はOGCS 加盟病院で取り扱われた。大阪府全体の分娩数は約7万7千であるので、およそ500妊娠に1 例の発症頻度であった。40%が初産婦であり、未婚は69%に及び、80%が無職などの不安定な就労状況であった。母子健康手帳は43%が所持していたが、健康保険未加入は 18%に上った。帝王切開率は22%であったが、危険な自宅 (車中)分娩が13例あった。27%が妊娠高血圧症候群など の母体合併症を伴っていた。死産は3例であった。分娩時 出血は平均497mlで、弛緩出血や子癇・産褥熱などの分娩時・産褥合併症は38%であった。

【新生児から見た予後】

 新生児平均出生体重は2,758g、 推定在胎週数は37.2週でApgar score は1分後5分後そ れぞれ平均7.6/8.5であった。低出生体重児は26%で、推定在胎週数36週未満の早産児は14%おり、32%の新生児は NICU に入院となっている。新生児合併症は全体の41%に 上り、NICU 入院の児のうち重症新生児仮死が24%に上っ た。食道閉鎖、腹壁破裂、脳瘤などの小児外科疾患は7例 認め、先天性梅毒などの子宮内感染は16例認めた。母乳哺育は78%でされていたが、13%の児が乳児院や里親に引き 取られるなど退院後母と分離されている。母と退院した児についても、援助者が「無い」か「パートナー以外の友人に頼む」など十分な保育環境にないと考えられる例が21%に達している。

【未受診の背景】

 未受診となった理由として33%が「経済 的理由」を挙げたが、「妊娠に気付かなかった」といった「知識不足」が21%、「子育てで忙しかった」などの理由が11%、未婚・不倫など複雑な家庭事情のため受診しなかったと答えた例が10%であった。67%が入院中ソーシャ ルワーカーの介入を受け、25%が助産券の手続き(事後申請は困難が大きい)をし、28%が生活保護の申請を行っていた。回答にあった未収金額をすべて加えると250万円を超えた。退院後も59%が要支援ケースとして地域へ申し送 られたが、DV やネグレクトの既往もしくは危惧があるとされる例も8例あり、乳児健診も受診しないか健診時、児の体重増加を認めなかった例が10例認められた。

【考察】

 未受診妊婦は母児の69%に病的問題を引き起こしており、ハイリスク妊娠と判明した。個別事例を見れば、続発した母児合併症の相当数は予防できたと考えられた。 周産期死亡率は19.7で、これは40年前と同等である。低出生体重児や早産児、NICU入院も多く、多くの胎児・新生児が危険にさらされていた。未受診の理由として「経済的理由」を挙げた者は3割に過ぎず、経済的支援のみでは解決しない事例が多いことが明らかとなった。未受診妊婦の減少には成育環境の改善、教育による啓発、福祉の介入な どが必要であることは明らかで、この点も行政に対し対策を要望するべきであろう。

【おわりに】

 未受診妊娠問題の根本には『生命を大切にす る』という基本が欠けている。現在の『社会的リスク』は 各種要因が複合的に絡む『横の連鎖』と世代間で繰り返される『縦の連鎖』が共存している。これらの背景は『児童虐待』と似通っている。つまり、母体は被害者の立場の場合がある一方で、胎児・新生児に対しては加害者となりえる面を持つ場合もある。問題解決に向けては『胎児虐待』 ともいうべき問題意識(人権保護)を社会(行政)と周産期医療関係者が共有することも必要である。