日産婦医会報(平成22年12月号)

「母乳とくすりハンドブック」
  (大分県「母乳と薬剤」研究会編、大分県地域保健協議会発行)

日本産婦人科医会医療対策委員会委員 岩永 成晃 

 

はじめに

 大分県では、平成13年に「大分県ペリネイタルビジット事業」をスタートし、全県的に妊娠から出産、さらに出産後にわたる子育て支援のサポートを行ってきました。この事業では、県および市町村の保健師、小児科医会、産婦人科医会、精神病院協会、児童相談所等の関係者が毎月専門部会を開催していますが、このような中で授乳中の母親に対する薬剤投与に関して、多くの医療機関においては授乳を中止させる指導がなされ、授乳中の母親の心身にわたる大きな負担になっていることが話題になっていました。

“大分県「母乳と薬剤」研究会”の発足

 このような中大分県小児科医会の発案で、大分県産婦人科医会・大分県小児科医会・大分県薬剤師会が“大分県「母乳と薬剤」研究会”を組織し、医療従事者間の意見の相違から、授乳を希望するお母さんに混乱を招き不必要に授乳を中断してしまうことのないようにするために、医療関係者向けのハンドブックを作成することになりました。
 第1回目の“大分県「母乳と薬剤」研究会”は、平成21年7月3日に開催され、その後はメーリングリストによる検討を中心に、月に1回のミーティングを行いながらハンドブック作成の準備を重ね、平成22年3月に「母乳とくすりハンドブック」の発刊にこぎつけました。この研究会のハンドブック作成の過程において、薬剤のプロフェッショナルである薬剤師会の方々のきわめて熱心な努力は、産婦人科医会と小児科医会も頭が下がる思いで特筆すべきことでした。

授乳中の母親への薬剤投与

 授乳中の母親に対する薬剤投与については、医療関係者の間でも明確な根拠なしに、適切な薬剤投与が行われなかったり、薬剤投与のために授乳を中止したりなどのトラブルがあり、産後の母乳育児の大きな障害となっています。日本の医薬品添付文書には、母乳中へ移行した事実のみを重点に「服用中は授乳を回避させること」「服用中は授乳を中止させること」と記載していることが多く、医療従事者が治療の必要なお母さんに授乳を続けるよう支援することが困難な状況にあることも確かです。しかし、海外においてはエビデンスをもとに70%以上のクスリは授乳中に投薬しても差し支えないとされ、UNICEF では「ほとんどのクスリは非常にわずかながら母乳に移行するが、赤ちゃんに影響のあるものはほとんどなく、授乳をやめることの方がクスリを服用するよりリスクが大きい」とのコメントをしています。

「母乳とくすりハンドブック」

 「母乳とくすりハンドブック」では、日常よく使う薬剤280品目について、種々の文献から科学的根拠に基づく判断材料のある薬剤の安全性をわかりやすくまとめました。授乳中における薬剤の安全性を大まかに4つのカテゴリー(◎ ○ △ ×)に分類し、授乳婦が服用する機会の多い医薬品、慢性疾患を有する授乳婦が治療するのに使用する可能性がある医薬品を、治療薬マニュアル2009に準じて薬効ごとに配列し、各薬効群の中では成分名の五十音順に配列しています。また注意を促す為、評価の低い薬剤は青色(△)と赤(×)で記載しています。このような分類をすることで、現場での情報整理を容易にし、日常の診療に真に役に立つハンドブックであることを目指しています。

今後のさらなる取組みに期待

 「母乳とくすりハンドブック」は、大分県「母乳と薬剤」研究会(大分県薬剤師会・大分県小児科医会・大分県産婦人科医会)」編、大分県地域保健協議会(会長:大分県知事、副会長:大分県医師会長)発行、として刊行され、大分県医師会加盟のすべての医療機関と大分県薬剤師会加盟のすべての薬局に配布されました。このハンドブックが適切に使用されることで、多くの医師や薬剤師の日常診療の役に立ち、さらに授乳中の母子の心身の負担軽減に役立つことを期待しています。また、大分県「母乳と薬剤」研究会では、このような取り組みが全国に拡大してゆくことにも期待を寄せています。

 「母乳とくすりハンドブック」は、(大分県産婦人科医会)でご覧いただけます。