日産婦医会報(平成22年11月号)

母子健康手帳の電子化

情報システム委員会委員長 原 量宏 

 

1.政府の医療IT 戦略

  2001年、内閣に「高度情報通信ネットワーク社会推進戦 略本部(IT 戦略本部)」が設置された。その年に「e―Japan 戦略」、2006年に「IT 新改革戦略」、2009年には「デジタ ル新時代への新たな戦略」と「i―Japan 戦略2015」を次々 と発表し、政府は医療分野でのIT 化を強力に推進してき た。新政権になっても、この方向性はかわらず、新成長戦 略として「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」 が発表された。
 2008年の洞爺湖サミットにおいて、国際保健協力の中で 母子健康手帳が取り上げられ、乳幼児死亡率の低減や妊産 婦の健康改善の具体的貢献策として、日本発祥の母子健康 手帳は国際的にも注目されている。
 2009年に発表された「デジタル新時代への新たな戦略」 においては、日本健康コミュニティ構想の実現として、遠 隔産科医療とWeb 母子手帳が明記されており、さらに岩 手県遠野市で取り組む「すこやか親子電子手帳」が情報共 有の取り組みを推進するとされていることは、日本産婦人 科医会情報システム委員会の取り組みが高く評価されたも のといえよう。

2.周産期電子カルテからWeb 母子健康手帳へ

 母子手帳に記載される内容は時代とともに変遷し、当初 は妊産婦の健康情報が主であったが、その後児童の情報も 記載されるようになり、名称も妊産婦手帳から、母子手帳、 そして母子健康手帳に変更された。その後、血液生化学、 感染症などの検査項目が増加し妊娠管理法が体系化され た。さらに胎児心拍数モニタリング、超音波診断の導入に 伴い、胎児に関する情報の重要性が高まり、妊娠管理用の カルテでは、母子健康手帳に記載される内容よりはるかに 多くの情報が記載されるようになった。このように、母子 健康手帳へ記載する内容は増加する一方であるが、使い勝 手からみると一冊であることが捨てがたく、また、内容が多 すぎると必要な情報を見つけにくいことになる。紙の冊子 であると紛失することもある。一方、医療施設側では妊娠管 理に電子カルテが導入されるようになると、母子健康手帳 への情報の転記が大きな負担に感じられるようになる。そ ういった中で、母子健康手帳の電子化、そして周産期電子 カルテと母子健康手帳の連携が自然な流れになってくる。
 たとえば、Web 母子健康手帳を利用すると、外来を訪 れた妊産婦の妊婦健康診査結果を単身赴任で海外にいる夫 がリアルタイムで見ることが可能になる。もちろん、超音波 画像などを取り込むことも可能である。また、旅行先で体調 を崩した場合なども、その土地の医療施設で妊娠経過を確 認することも可能となる。どこでサーバを管理するか、どの ようにセキュリティを高めるかという問題を妊産婦は意識 することなく、健康管理サービスを受けられるようになる。

3.母子健康手帳を電子化、そして日本版EHR へ

 紙の母子健康手帳を電子化すると、転記作業が楽になる だけでなく、情報量を容易に増やせるため、母親、助産師 の自己記載の要望、十分なスペースがとれるようになる。 周産期電子カルテとのデータ連携はもちろんのこと、小学 校、中学校、行政の持つ検診データとの連携など、生まれ る前(胎児)から、乳児期、小児期、学童期、成人、高齢 者まで生涯を通じての健康情報、すなわちEHR(Electronic Health Record 電子生涯健康手帳)としての利用が実現 する。母親は携帯電話や自宅のパソコンで、従来の母子健 康手帳で扱っている情報の表示やデータの入力をはじめ、 離乳食の情報やシステム上において医療従事者・保健師・ 市町村スタッフとのネットワーク上での育児相談、母親同 士の情報交換にも利用できる。また、乳幼児の健康状態を 入力することにより、救急病院で診察を受けるべきなのか、 1次医療機関にすべきか、家庭での対処法で十分な状態な のかをリアルタイムで判断することも可能である。
 これらの一連のデータは、安全の確保されたデータセン ターに保存され、いつでもどこでからでも必要に応じて データを参照できるため、日本版EHR の実現につながり、 今後国民の健康を守る社会基盤として発展することが期待 される。そして、30年後、50年後、100年後に出生コーホー ト(追跡)の調査などは非常に容易に行えることになるで あろう。