日産婦医会報(平成20年07月)

過疎地における母体搬送の実際 −ヘリコプター搬送−

三重県熊野市大石産婦人科医院 大石 基夫


地域的背景

 三重県は南北に170Kmと長く、人口の9割が北半分に集まっています。平成17年に尾鷲市が年収5,520万円で産婦人科医を採用したことや、昨年和歌山県新宮市の市立医療センターに厚労省の緊急臨時的医師派遣システムで産婦人科医が赴任したことが話題になりました。熊野市はその両市の中間にあり、三重県最南端の人口2万人余りの市で、津市までは車で2時間半かかりますが、全国有数の豪雨地帯ですので、年に2回程度は峠が通行止めになります。

地域の周産期医療

 私は7年前に神奈川県の平塚共済病院を辞め、高齢の父の跡を継ぎました。三重県の南半分では唯一の分娩を扱う開業医であり、熊野地区では組合立紀南病院と当院の2カ所で年間300件足らずの分娩を扱っています。組合立紀南病院は、三重県の周産期医療の2次病院ですが、産婦人科医は常勤3名に対し、小児科医は常勤1名のため早産児の受け入れはできません。新宮市立医療センターは、小児科医2名ですが、早産児の受け入れは35週以降2,000g以上に限られています。そのため、妊娠35週未満の切迫早産症例は地域外の3次病院への母体搬送が必要となります。
 搬送方法としては、救急車かヘリコプターによる搬送となります。救急車は時間がかかる上に急カーブが続く峠越えとなり、振動だけでなく左右への揺れも強く搬送は危険を伴います。ヘリによる搬送は、三重県の消防防災ヘリと和歌山県のドクターヘリがありますが、どちらも日の出から日没までしか飛べず、夜間や悪天候の場合は運航できません。患者や家族の希望もあり、私はこれまでのところ防災ヘリで津市の三重中央医療センターに搬送しています。

搬送の実際

 搬送先への依頼とともに消防署へ連絡し、防災ヘリの出動を依頼します。許可が下りるまでの経過で20〜30分を要しますから、その間に家族に説明し、搬送用の書類等を準備します。防災ヘリは三重県に1機しかなく、基地のある津市から熊野のヘリポートまで約40分、診療所からヘリポートまで救急車で約5分、津市の搬送先近くの自衛隊の演習場まで(搬送先の三重中央医療センターや三重大にはヘリポートがありません)はヘリで約35分、演習場から搬送先病院までは救急車で約10分、全体で約2時間を要します。ヘリには私と看護師が同乗します。搬送が決まり次第、診療所は休診とし、熊野に戻るにも特急は1日3本しか無いため、別の看護師が車で迎えのために津市へ出発します。開業7年で8例のヘリによる搬送を経験しました。

展望・希望

 以前は津市まで3時間以上かかりましたが、ここ数年で高速道路が少しずつ延伸され、最近は2時間半になりました。5年先には行程すべてが高速道路となり2時間弱に短縮される予定です。しかし、地域の人口は減り続けており、分娩数も増加する可能性はなく、医師の派遣も期待できません。三重県でも周産期施設の集約化が進められていますが、周産期医療は悪化の一途です。NICU は満床で受け入れは容易ではなく、小児科医不足のため重度の呼吸障害でなければ新生児用救急車も出動できなくなっています。2次病院である組合立紀南病院の小児科医が増員され、本来の2次病院の機能を果たさないと地域の安全は保てません。ドクターヘリは現在全国で14都道府県に15機が導入されており、和歌山県のドクターヘリは三重県南部と奈良県南部もカバーしています。和歌山県立医大の屋上ヘリポートから産科医同乗で30分で到着するので非常にありがたいのですが、車で3時間の距離への搬送は家族にも大きな負担となります。三重県も県独自のドクターヘリを検討していますので、早い実現を期待しています。しかし、ドクターヘリは年2億円の費用がかかりますし、夜間・荒天は運航できません。さらに豪雨の通行止めも考慮すると、2次病院の充実が必要なことはいうまでもありません。私たち、僻地で診療を行う者は、妊婦さんの病気の予防と異常の早期発見、そして早めの対応が肝心です。3次病院まで3時間!都会と違い、過疎地の母子は命がけです。