日産婦医会報(平成19年08月)

女性産婦人科医師の継続的就労への課題

横浜市立大学医学部産婦人科准教授 宮城 悦子


はじめに

 産婦人科医師不足が社会的問題として様々に報道されることが、かえって研修医の産婦人科離れを助長しているのではと、大学病院に勤務する一医師の立場から一時期は大変に懸念しておりました。しかし、マスメディアの論調もその背景と現状を認識した上で、医療行政の側からの根本的な対策の必要性を伝えるものに変わってきた感がある昨今です。また、女性医師が診療の第一線に踏みとどまれるような環境整備への提言が盛り込まれた記事なども新聞や雑誌等で目にすることも多くなりました。

産婦人科医師不足問題の現状

 産婦人科医師不足は、病院勤務医の相次ぐ引き上げにまで発展し、これまで何とか第一線で踏みとどまってきた医師の状況は限界に達しています。その背景として、産科の訴訟の多さ、ハイリスク妊娠・分娩を取り扱う勤務医の劣悪な労働環境、新医師臨床研修制度の導入などの要因がありますが、若手女性医師の増加に見合う継続的就労支援体制の欠如も非常に重要な因子です。現在、20〜30代の産婦人科医師の約3分の2は女性です。将来的に高次医療機関で分娩を取り扱う医師を安定確保できるか否かは、いかに多くの若手女性医師を診療の第一線にとどめられるかにかかっています。そのような状況下、産婦人科医師自身が医会・学会をあげて立ち上がり、さらに日本医師会の強力なサポートも得て、ついに医療行政関係者も重い腰を上げ実効力のある具体的な対策が動き出しました。

女性医師が働き続けていくには

 熱意を持ってハイリスク妊娠・分娩の診療にあたるほど医師は疲弊しかつ訴訟リスクを負います。女性医師がその重圧から第一線を離脱するという悪循環を絶ち切り、現場に繋ぎ止めるには、大きな変革が必要です。その変革とは、産婦人科のみではなく、日本社会全体の男女共同参画と共通の課題を包括しています。状況の打開に向け、日本産科婦人科学会に「女性医師の継続的就労支援のための委員会(桑江千鶴子委員長)」が設置され、昨年には厚労省医政局長から「医師に対する出産・育児等と診療の両立の支援について」の通知も出されました。具体的対策としては、

  1. 産婦人科医師の長時間労働を改善しより柔軟な働き方を早急に確立すること
  2. 妊娠・分娩・授乳・育児等の期間に対しての代替要員を確保すること
  3. 病院に近接する病児保育の体制も整った保育施設を確保すること

等が重要です。このような対策を病院設置者、医療・行政関係者とともに実現していくことが急務といえます。 (日産婦学会HP を参照)

女性医師自身の意識改革も重要

 上述のような組織的後押しが女性医師の継続的就労のための必要条件である一方で、30代前半の結婚・子育ての時期に臨床の第一線の現場を立ち去る女性医師が後を絶たない現状を考えた時、女性医師自身の内面にも変革がない限りその効果は期待できません。女性産婦人科医師が、医師としてかつ女性としての様々なライフステージを経て高い専門性を持ちながらさらに第一線の医療現場で活躍していくためには、医学生・研修医・後期研修医の時から高いモチベーションを保ち、誇りを持って仕事を継続していく強い意志が必要です。諸先輩や私自身の経験からも、その意志を持ち続けるには、職場スタッフそして家族の理解と応援が何よりの支えであることも確かです。さらに、女性医師が高度な技術を持つ職業人として社会的役割を担う自覚を持つためには、医学教育の内容も極めて重要です。

おわりに

 将来にわたりより質の高い産婦人科医療を提供するために女性医師が働きやすい職場環境を整備することは、男性医師にとっても働きやすい労働環境を生み出すことに必ずつながります。産婦人科医師不足問題の解決が、産婦人科医療全体の質の向上と産婦人科学のさらなる発展につながり、この難局を乗り切り現場に踏みとどまった産婦人科医師が辛かった時代を感慨深く振り返ることができる日が来ることを願ってやみません。