日産婦医会報(平成18年05月)

産科医療の現状と問題点−開業医の立場から−

日本産婦人科医会理事・福岡県医師会理事 片瀬 高


はじめに

 現在の日本が世界有数の周産期死亡率の低さを誇っていることは周知の事実である。これは産婦人科医の使命感とボランティア精神に支えられたものであり、わが身を削って働いてきた証と言える。しかし近年、分娩を取り扱う医療施設・医療スタッフが極端に減少したことで周産期医療崩壊の危機に直面している。周産期医療に対する国家権力の、われわれと異なる認識から発したものである。

産科開業医の現状と産科医療の悪循環

 開業医減少の原因としては高齢化・後継医師なし・収益減少等の理由もあるが、看護師内診問題から惹起された最近の問題が一番重要と思われる。現状ではスタッフとして助産師は不可欠だが、この助産師の充足率は22.3%となっており、助産師がいないと産科医師は疲れるばかりで、開業医減少の要因となっている。
 緊急時には「受け入れ病院」の探索もままならず、ヒヤヒヤの連続である。最近は学会出席時の応援医すら確保できず、疲労困憊で医業継続中止を考えている現役開業医が多い。片や、分娩継続中の開業医においては近隣の分娩取り扱い中止施設からの患者が集中し十分な医療サービスが提供できず、心身の疲労状態となり安全上の理由から分娩取り扱い中止方向へとなる。
 また日産婦医会の調査によると、まだ働ける50歳台なのに、現在の医療制度下では働けないという中止理由もある。
 一方では、分娩の安全神話すなわち分娩はすべて安全で不具合はすべて医療者に責任があると見なす社会風潮等もあり、これがさらに産科医を追い詰めている。

総合周産期センターと中核病院の現状

 われわれが安心して安全な産科医療を提供するには、緊急時の受け皿的医療施設が近隣にあることが必要であるが減少の一途であり、周産期ネットワークは十分機能していない。
 さて、病診連携の最終受け皿である総合周産期医療センターについて述べる。現医療体制下では、本来の役目を十分に果たすことができていない。これは総合周産期センター以外の中核病院がマンパワー不足で救急受け入れに支障が出ているからである。搬送断り理由はNICU 満床がトップであるが、その運営にも問題がある。
 周産期システムピラミッドは一角が崩れると全体が崩れてしまう。総合周産期母子センターに一極集中している地域では、中核病院において医師不足のため受け入れ機能不全を起こしていることが多い。その結果残った医療機関に患者が集中して、医療安全上分娩取り扱いが難しくなる。

悪循環を断つ方策

 受け入れ側については、高次病院の本来の機能を生かす。そのためには中核病院の充実が最も必要と考える。総合または地域周産期センターは正常分娩をしなくても運営できるようにする。開業医・一次・二次病院からの救急受け入れが常にできる体制にしておく必要があるからだ。

開業医の減少を防ぐために

  • 看護師の内診問題を解決する。
  • 周産期医療全体のシステム作りを行政と医師会と医会で早急に実現する。
  • 産科医師増加に努力する。労働に見合った経済的裏づけと訴訟リスクの負担軽減が必要。
  • 無過失補償制度の実施。
  • 国民に産科医療のリスクと限界を明白にする。

 今の過酷な医療体制が改善されれば医業継続が可能であり、開業医は貴重なマンパワーとなるであろう。日本の“お産”文化を継承できる“かかりつけ医”としての産科開業医を減らさない方策を早急に国をあげて考えなければならない。行政には少子化対策・子育て支援策の一環として安心できる出産環境を早急に確保すべきであると提言する。
 以上、産科医療の現状と問題点を開業医の立場から述べた。

※医療対策委員会より

 今月から2回にわたり産科医療の現状と問題点について、開業医と勤務医にご執筆いただきます。