日産婦医会報(平成15年4月)

保健所医師から見た産婦人科医療

横浜市青葉福祉保健センター長 古橋 彰


【はじめに】

 医学部卒業後産婦人科を選び、8年余り病院勤務医として従事した後、横浜市の保健所医師に転身しました。現在は日本産婦人科医会会員ではありませんが、この度、原稿依頼がありましたので、横浜市の現状や、その後18年間経験している立場から意見を述べさせていただきます。

【横浜市の母子保健事業への取り組み】

 横浜市の場合は政令市保健所で、18区各区の組織の中にあります。平成14年1月1日から保健所と福祉事務所を統合し、福祉保健センターと改称しました。
 現在、母子保健業務は福祉保健センターのこども家庭支援担当部門で行っています。母子手帳交付に始まり、両親教室(初産婦対象)、乳幼児健診、育児教室などの様々な事業に取り組んでいます。核家族・転入者が多い大都市のためか育児不安を強く訴えて相談を求めたり、育児グループ支援を求める声が大きく、親子が気軽に立ち寄れる場の提供、子育て支援者による相談事業に力を注いでいます。新生児訪問(第1子)の要望も多く、育児不安の強い1〜2カ月に助産師や保健師が訪問していますが、需要を満たし切れません。最近は分娩施設から産後1カ月頃に訪問している例も増えているようで、不安解消に大変役立っていると思われます。

【保健所への産婦人科関係の相談】

 保健所には多くの相談がありますが、女性からの相談が圧倒的に多く、全体の約7割(うち産婦人科や育児に関するものが約8割)です。子育て関係が一番多いですが、母親自身の相談もかなりあります。したがって保健所医師として元産婦人科医であるのは貴重な履歴です。医療機関を受診すべきかどうかの相談、既に医療機関にかかっているが不安で相談する例が目立ちます。医療機関に比べゆっくりと時間をかけられることで相談者に信頼される部分も多いようです。
 流産後・胞状奇胎後の経過、妊娠中の様々な症状、更年期障害などにも時々遭遇します。薬や予防接種などの相談も多く、主治医にもっと質問するように返答することがあります。また、子宮筋腫や卵巣腫瘍と診断され手術を勧められたことに対する不安を訴えたり、second opinion を求めてくる場合もあります。多くは電話相談ですので、かえって気軽に質問できるのでしょう。
 業務として行っているHIVはじめSTDに関する若年者からの相談も多く、医療機関につなげる例もあります。また助産師は、母乳関連・産後の不安等に対応しています。

【保健所医師から産婦人科医師に望むこと】

 医療機関絡みの相談の根底には、医師の説明不足というのがあると思います。今までの私の保健所勤務の経験から、病院や診療所に対して希望を述べさせていただきます。
 まずは診療時に主に何でも話せる雰囲気を作ってほしいことです。まだまだ医療機関の敷居は患者から見ると高いようで、なかなか診察時に質問ができないようです。また、医師から説明を受けてその場は納得して帰っても、後に不安が生じて保健所に電話を掛けることもあります。特に不妊症で検査中の例や、手術適応例などについては目立ちます。より一層丁寧な患者対応を望みます。
 医療費に関する不満も寄せられますので明細書などを出してあげるとよいのではないでしょうか。
 既に実施されている施設も多いと思いますが、陣痛室や分娩室を事前に案内することは、入院時の不安解消にずいぶんと役立っているという情報を得ています。最近は少子化がさらに進んでいることもあり、出産経験者が情報を持ちあって産婦人科医・助産院の案内書などを作成しています。その中でよく利用される情報は、女性医師・分娩方法(自然・計画・麻酔など)、入院中の食事、個室の値段、新生児管理などのようです。それぞれの医療機関もホームページなどで詳しく施設を公開されるとよいと思います。
 女性の高齢化は益々進んでいます。産婦人科医は一人ひとりの女性の人生の相談相手となっていただけるとよいのではないでしょうか。更年期・老年期の対応についても強く望むところです。

【おわりに】

 保健所では様々な相談に各スタッフが応じていますが、児童虐待につながりかねない強い育児不安や、産婦人科の診察内容への相談は、行政と臨床医が連携して対応するべきであると思います。会員の先生方におかれましては地元の保健所と協力していただければ幸いと存じます。