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飲酒、喫煙と先天異常

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日本産婦人科医会・先天異常委員会委員
国立成育医療センター 周産期診療部 胎児診療科
左合 治彦


【はじめに】

 近年、生活習慣の欧米化に伴い、飲酒や喫煙習慣をもつ女性が増加している。特に若い女性に増えており、妊娠中の飲酒や喫煙により胎児がアルコールやタバコに被爆される機会が増えている。アルコールやタバコが胎児に悪い影響を及ぼすことは明らかであり、治療法はないが、禁酒や禁煙により予防可能である。アルコールとタバコの胎児被爆の影響について解説し、妊娠中の禁酒、禁煙の重要性を強調したい

 

【アルコール】

1.胎児への影響

 妊娠中のアルコール被爆により、流産、死産、先天異常が生じる。アルコールが催奇形性を有することは明らかであり、先天異常としては以下の症状がある。

  1. 子宮内胎児発育遅延ならびに成長障害 

  2. 精神遅滞や多動症などの中枢神経障害

  3. 特異顔貌、小頭症など頭蓋顔面奇形 

  4. 心奇形、関節異常などの種々の奇形

 これらの症状を有する典型的なものは「胎児性アルコール症候群」として知られている。また中枢神経障害が主体の不全型は「胎児性アルコール効果」と呼ばれている。欧米では精神遅滞の10-20%が胎児性アルコール症候群・効果によるものと推測されている。

 病因としてはエタノールおよびその代謝産物であるアルデヒドが関与し、これらは胎盤を通過し、胎児細胞の増殖や発達を障害すると考えられている。アルコール被爆の妊娠時期と胎児異常に関しては、妊娠初期の器官形成期では特異顔貌や種々の奇形が生じ、妊娠中後期では胎児発育遅延や中枢神経障害が生ずる。したがって妊娠全期間を通じて影響がある。

2.飲酒量との関係

 「これ以下の飲酒量であれば胎児に影響がない」という安全量は確立されていない。一般には「胎児性アルコール症候群」は大量のアルコールを常習している母親から生まれている。アルコール15mlを基準とした各種アルコール飲料における換算表を表1に示す。また妊娠中のアルコール摂取量と胎児への影響について表2に簡単にまとめた。

表1 アルコール量15ml の換算表

酒類

 アルコール量15ml 換算量

ワイン

 グラス1杯

日本酒

 コップ1/2杯

ビール

 350ml 缶1本

表2 妊娠中のアルコール摂取量と胎児への影響

一日アルコール摂取量
胎児への影響

15ml 未満 

 胎児への影響は少ない

90ml 以上 

 奇形の発生が明らかに高くなる

120ml 以上 

 胎児アルコール症候群発生率30〜50%

 一日アルコール量として15ml以下では胎児に影響がなかったとの報告があるが、胎児が罹患していた母親の多くは60〜90ml を連日ではなく時々飲んでいた。この場合は一日量に換算すると少なくなる。すなわち胎児への影響は一日飲酒量だけでは判断できず、飲酒パターンが関与すると考えられている。中枢神経障害が主体である児の80%の母親は70〜80ml (または75ml )以上を週に数回程度飲んでいた。これらのことより中枢神経障害に関しては、飲酒回数との関連が示唆されている。

 早期に禁酒した場合は、それなりの効果が期待できる。妊娠初期に大量飲酒したが、その後禁酒することにより中枢神経障害をおこさなかった例が報告されている。したがって、妊娠中に飲酒が判明した場合はすぐに禁酒を慣行させる。妊娠と知らずにワインを少量飲んだ程度であれば実際には問題なく、不用意に妊婦を不安にさせる必要はないが、妊娠中の飲酒に関しては「安全量が確立されていない」すなわち「少ない量でも胎児に影響をおよぼす可能性がある」ので、厳しい態度で禁酒を勧めて頂きたい。

 

【タバコ】

 タバコの煙にはニコチン、一酸化炭素、シアン化合物、鉛などが含まれており、胎児毒性とともに血管収縮作用を有する。妊娠中の喫煙により子宮内胎児発育遅延がおきることは有名であるが、その程度は喫煙本数に関係し、一般に母が喫煙していると出生時体重は約200g 軽くなり、ヘビースモカーでは約450g 軽くなると言われている。また流産、早産、前置胎盤、胎盤早期剥離などの異常も増加する(2〜3倍)。早産率は喫煙本数と明らかな相関がある(表3)。

表3 妊娠中の喫煙本数と早産率

一日喫煙本数
早産率
非喫煙

6%  

5本以上

7%  

6〜10本

11%  

11〜20本

13%  

21〜30本

25%  

31本以上

33%  

 妊娠早期に禁煙した場合の出生時体重はほぼ正常であり、また早産率も減少することより、禁煙の効果が期待できるので、妊娠中に喫煙が判明した場合はすぐに禁煙を慣行させる。間接喫煙も一般には一日1〜5本程度の喫煙効果があるといわれているので、注意を要する。タバコの催奇形性に関しては、今までの多くの報告では、妊娠中の喫煙により奇形(心臓、中枢神経系、腹壁など)の発生率の増加を認めていない。しかし、最近、ポーランドシークエンス(胸と腕の血流障害により一側性胸筋欠損と合指症を生じる)や口唇・口蓋裂の発生率がやや増加するとの報告がある。また妊娠中の喫煙(10本以上)により生後の発達スコアの低下を認めたとの報告もあり、妊娠中の喫煙が生後の児に神経発達障害を引き起こす可能性が示唆されている。したがって、妊娠中の喫煙に関しても厳しい態度で禁煙を勧めて頂きたい。