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胎児の泌尿器科系異常を見つけたら

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大阪府立母子保健総合医療センター
 泌尿器科 島田 憲次



1.はじめに

 超音波スクリーニングで指摘される胎児疾患は、泌尿器科領域でも重要な位置を占めており、 先天性腎尿路異常なかでも閉塞性尿路疾患の病態発生、診断、治療のすべての考え方に大きな影響を与えている。 胎児診断の意義は尿路異常を胎児期に発見することにより、出生直後、あるいは胎児期から適切な検査と 治療を始めることができ、必要な場合には母体搬送により周産期センターに転送され、管理が可能となる点 であるが、その反面では検査、治療が過大になるという裏面をもつことになり、評価法や治療法については 必ずしも意見が統一されているとは言い難い。

2.胎児水腎症の頻度、性差 胎児心奇形の超音波診断

 胎児期に発見される腎尿路異常は中枢神経系異常に次いで多く、全妊娠の 0.5〜1.5%にのぼる。先天性尿路疾患の頻度は極めて性差が大きく、原因のいかん を問わず胎児水腎症は女子に比べ男子が4〜5倍多いとされている。その理由は 未だ推測の域を出ないが、発育途上の男子下部尿路は女子に比べ尿流抵抗が強く、 膀胱内圧が高いことが一因と考えられている。

3.胎児超音波所見

 妊婦健診で超音波検査が行われるようになり既に25年以上が経過したが、 いまだに超音波画像所見のみでは確定診断を下すことは困難なことが少なくない。 代表的な超音波所見には次のものがある。

  • 腎盂拡張、腎杯拡張(いわゆる水腎症)(図1):腎盂前後径の測定、腎実質の厚さ
  • 腎実質のエコー輝度:通常は肝、脾よりやや輝度が低い。在胎20週頃から皮質髄質の対比が明らかとなる。高輝度のときは腎異形成、尿路閉塞、あるいは常染色体劣性嚢胞腎を疑う。
  • 水尿管:拡張した腎盂と膀胱との間の嚢胞性病変、あるいは管腔状病変としてとらえられる。
  • 重複腎盂尿管 ・  腎嚢胞:大小多数の嚢胞、腎上極の嚢胞など。腎全体に大小多数の嚢胞がみられ、実質と思われる部分の輝度が高いときには多嚢腎が疑われる。
  • 膀胱像:膀胱サイクル、膀胱内嚢胞(図2)、膀胱壁の肥厚、後部尿道拡張所見(いわゆるkey-hole sign)(図3)、そして膀胱像が見えないとき 外性器:陰茎(陰核)の大きさ、陰嚢内性腺
図1 両側水腎症  在胎28週  
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図2-a 尿管瘤の胎児超音波像 図2-b 尿管瘤、拡張した上腎盂と
蛇行した尿管
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図3 ‘key-hole’ sign : 先天性後部尿道弁に特徴的は所見で、 胎児の後部尿道が拡張している
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4.生理的水腎症、非閉塞性水腎症

 腎盂腎杯が拡張した「水腎症」は胎児超音波検査で最も多く気づかれているが、 これはあくまで画像所見であり、確定診断ではない。水腎症がどの程度腎機能に影響を与えるか との観点から見れば、胎児期の超音波所見にも腎盂拡張のみでなく、 腎杯拡張の程度と腎実質の厚さも合わせた評価が大切である。  胎児水腎症には生理的な尿路拡張、あるいは非閉塞性拡張が含まれている。 胎児の尿量は在胎30週を過ぎる頃から急速に増加し、新生児期の尿量の4〜6倍 にも達することもその原因の一つと考えられている。腎盂壁、尿管壁自体の構成成分の違い にも生理的拡張の原因を求める意見が見られ、特に弾性線維、コラーゲン、 そしてmatrixの質的・量的な未熟性のため尿路壁のコンプライアンスが高く、 尿路が拡張しやすいとされている。さらには尿管筋層の部分的な発育の遅れや 腎盂尿管移行部の生理的屈曲ものため、尿管蠕動が上手く伝わらず、拡張の原因を作ると考えられている。

5.胎児水腎症の基礎疾患

  上部尿路拡張の原因には何らかの機能的、器質的通過障害(閉塞性水腎症)と 膀胱尿管逆流が考えられる。閉塞性水腎症の基礎疾患で最も多いのは腎盂尿管移行部狭窄 (先天性水腎症)と巨大尿管、次いで尿管瘤、後部尿道弁、プルンベリー症候群などである。 片側性水腎症で反対側に正常の腎が描出される場合には出生後の腎機能に問題はないが、 両側の高度水腎症では腎機能予後には注意が必要となる。

6.胎児水腎症の予後と管理

 かかりつけの産科医から胎児の異常を指摘された両親、 とくに母親は、どの病気も自分の子どもに当てはまるような書き方が してある家庭の医学書やインターネットから中途半端な知識を得るだけで、 その心配と苦悩は大きなものになっている。周産期を扱う医療スタッフはこの点を理解し、 胎児・新生児の治療を担当するだけでなく、両親に対しては正しい知識を与えカウンセリングを加える立場にもある。  発見される腎尿路異常はその重症度に大きな差があり、 それらの予後も合わせると次の4群に分けて考えるのが便宜上望ましい。

  1. 致死的異常:これには2種類の基礎病態がある。その1つは、両側腎無発生/腎異形成、 あるいは極型の嚢胞腎などで、腎の発生あるいは形成そのものの異常が基礎にあるため、 現在の医学では腎機能の改善が全く期待できない疾患である。他の1つは早期に起こる 高度の下部尿路閉塞で、在胎12〜13週から巨大膀胱(図4)を伴なうprune belly 症候群様の病態を示して発見される。妊娠中期から羊水減少をきたし、 胎児死亡あるいは出生時に呼吸不全で死亡する。
  2. 重症例で放置すると出生後早期に腎不全を来す疾患:基礎疾患は先天性後部尿道弁、 尿道低形成を伴うprune belly 症候群、閉塞性尿管瘤、あるいは両側の高度水腎症などで、 その多くは在胎20〜30週近くで羊水量が徐徐に減少する。積極的な治療が加えられない場合には、 出生時の呼吸管理に成功しても乳児期早期から末期腎不全に陥る。
  3. 腎不全の危険性が少ない疾患:実際にはこのカテゴリーに入る症例が最も多く、 一側性水腎症や多嚢腎、巨大尿管が代表的疾患である。羊水量に変化がなく、 反対側腎に異常を伴わない場合には、満期まで妊娠が継続されることが多い。
  4. 軽度の尿路拡張:妊娠後期に腎盂・尿管の軽度〜中等度の拡張が見つかることは珍しくはない。 基礎病態には正常範囲内のvariant、自然改善した先天性水腎症、あるいは VURが疑われる。 出産時期の変更は不要であるが、出生後の検査とその必要性については意見が分かれる。  発見された胎児水腎症に対しては胎児の成長や他の合併奇形の有無、羊水量、水腎症の程度、 両側性か一側性か、尿管拡張の有無、膀胱の大きさと壁の厚さ、膀胱サイクリング、 などについて詳しく検査を繰り返して頂く。

7.出生後の検査と治療

 検査の主体は超音波断層法と排尿時膀胱尿道造影(VCUG)、 そしてRI検査である。一側性水腎症で血清クレアチニン値の推移で判断される 総腎機能が安定しているときには、侵襲的な検査は急ぐ必要はない。出生後の48〜72時間は 生理的脱水状態にあるため、この時期の水腎の程度で判断してはならない。  超音波検査では腎盂腎杯の拡張程度と腎実質の厚さを共に評価する日本小児泌尿器科学会分類法(図5) が広く用いられている。この分類によるgrade 1、2 の拡張を示す腎では機能が低下していることはほとんどなく、 尿検査と超音波検査のみで経過観察が続けられる。超音波検査で腎実質に部分的な高輝度領域 (瘢痕)や腎全体の萎縮が見られたり、下部尿管の拡張所見や尿路感染症を発症したときには、 次に述べる造影検査を施行する。  胎児水腎症全例に対しVCUGを必要とするかは議論が分かれている。 確かに胎児水腎症では10〜20%にVURを合併することと、 VURを伴った水腎症では尿路感染症の発生頻度が高いことから、 出生後早期にVCUGを加えるとの意見が一般的であるが、尿路感染を発症するまでは検査を延期するとの意見もみられる。 胎児水腎症に対する予防的抗生物質の有効性についても確実なデータは見られない。 VUR症例に対しては一般に、尿路感染症を繰り返す場合と 腎病変が進行する場合に内視鏡も含めた外科的逆流防止術が適応される。  RI検査の目的は分腎機能と尿流通過状態を知ることにある。 尿流状態を評価することに対しては批判的な意見もみられるが、 検査条件を厳密にして繰り返しwashout patternを比較することで治療方針決定に影響を与えている。 閉塞性尿路疾患に対する外科的治療の適応は単に形態的な腎盂腎杯拡張の程度のみでなく、 分腎機能が低下しているのか、また尿路閉塞による臨床症状が出現しているのかにより判断され、 従来に比べると自然改善を期待しながら数ヶ月間は管理が続けられることが多くなった。

図4 巨大膀胱  在胎13週
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図5 超音波断層法による水腎症・水腎水尿管症の分類
SFU 分類/日本小児泌尿器科学会分類
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