平成9年2月17日放送

婦人科がん検診の話題

岩手医科大学医学部産科婦人科学教室 教授 利部 輝雄

 わが国における子宮がん死亡数は、平成六年の人口動態統計で4,560人と少なくなってきておりますが、子宮頚がんの有病率は、30歳代0.29%、40歳代0.13%、50歳代と60歳代0.08%、70歳代0.24%と少なくはありません。

 子宮頚がんは、女性性器がんの中で最も頻度が高く、身体の他の部位のがんに比べて観察が容易であることから、がん化のはじまりから進展まで、その臨床像、病態病理が明らかとなっているがんのひとつであります。また、日本産科婦人科学会の子宮がん委員会により、子宮頚がん患者の登録、予後の調査が全国レベルで40年以上にわたって行われております。そこで、これらの成果をふまえて子宮頚がん検診をとりあげ、その有用性を考えてみたいと思います。

 子宮頚がんの治療法の基本が確立されてから30年を経過しております。浸潤をみとめる子宮頚がん一期から四期までの治療成績を五年生存率でみますと次のようになります。なお、1970年(昭和45年)からは一期を微小浸潤のIa期とそのIb期に分けております。子宮頚がんの五年生存率は、Ia期90〜95%、Ib期80〜85%、II期65%、III期40%、IV期15%となっており、この値はここ20年間大きく変わっておりません。Ia期頚がんの治癒率が極めて高いことから、Ia期頚がんの臨床像の特長をまとめてみます。従来の婦人科の教科書には、子宮頚部の早期がんの症状として、接触出血、血性あるいは褐色の帯下、不正出血などがあげられていました。しかし、Ia期の頚がんでこのような症状を訴える症例は10〜35%で、無症状のものが半数をこえます。これに反してIb期以上の進行頚がんでは89〜92%に出血を中心とした症状がみられます。

 子宮頚部は通常の婦人科の診察時に腟鏡を用いて肉眼で容易に観察できます。そこでIa期頚がんの肉眼所見についてみますと、肉眼でがんを疑う所見を呈し、おかしいなと思う症例はIa期の3〜15%で、他は異常なしか、または通常の子宮腟部ビランとされます。一方、Ib期以上の頚がんでは、84〜92%の症例が、肉眼的な腟鏡診でがんとみなされたり、強く疑われたりします。つまり、Ia期の頚がんは臨床症状に乏しく、通常の診察で発見されないものが多いことがわかります。

 日本産科婦人科学会子宮がん委員会に登録された浸潤のある子宮頚がん症例を、自覚症状がなく集団検診で発見されたものと、自覚症状があり病院を受診して発見された例に分けて、臨床進行期の構成と五年生存率を比較すると次のようになります。

 自覚症状なく検診で発見された頚がんの期別構成は、

  Ia期・44% Ib期・25% II期・28% III期・3% IV期・0%

                             に対し

 有症状受診例では、

  Ia期・6% Ib期・17% II期・44% III期・28% IV期・5%

となり、前者ではIa期、後者ではII期の頚がんが主体であることがわかります。また、五年生存率を比べますと、無症状・検診受診群では88%、有症状・病院受診群では、59%と差があることがわかります。前にもお話ししましたように子宮頚がんの治療法は、ほぼ確立しておりますがその問題点について考えてみます。子宮頚がんIb期やII期は広汎性子宮全摘術で85〜65%の治癒率となりますが、卵巣欠落症状、排尿排便障害、性交障害、リンパのうっ滞などの後遺症が避けられません。Ia期の頚がんでは、侵襲の少ない腟式子宮全摘術で90〜95%の治癒率を得ることができ、術後の後遺症も極めて僅かです。

 以上述べたことから、子宮頚部の浸潤がんを自覚症状がなく、通常の(肉眼による)腟鏡診で明らかでない時期に発見し、治療することが患者さんのために如何に有利かがおわかりいただけたと思います。

 この様な症例の発見のためのスクリーニング検査としての子宮頚部擦過細胞診は、感度90.8%、特異度99.5%と確実性の高い検査法です。さらに子宮頚部の細胞採取は極めて侵襲の少ない検査であります。細胞診と内診に主体をおく、老人保健法による子宮がん検診のシステムは、子宮頚がんの早期発見、早期治療のためのよいモデルといえます。老人保健法による子宮がん検診の細胞診のスクリーニングと診断には日本臨床細胞学会が認定した細胞検査師と細胞診指導医があたることになっております。日本おけるこの細胞診システムの精度は極めて高く、明らかな浸潤がん由来のがん細胞のみならず浸潤のない0期の上皮内がんや前がん病変の異形成由来の細胞を発見、診断可能であり、このような病変も現行の子宮頚がん検診で高い精度で発見できます。

 子宮頚部の上皮内がんは、腟式子宮全摘術や子宮頚部の円錐切除術、レーザー手術などで完全治癒が期待できます。子宮頚部の異形成は注意深いフォローアップによりがん化の早期発見が可能であり、また円錐切除術、レーザー手術、LEEPなどにより病変部位の消失によるがん化からの回避をはかることができます。また、局所治療による妊孕性の温存も可能であります。すなわち、現行の子宮頚がん検診は子宮頚がんの二次予防の上から極めて有効な方法といえます。

 平成5年仙台市で開催された第34回日本臨床細胞学会で矢嶋聰東北大学産婦人科教授は会長講演で子宮がん検診をとりあげ、その留意点として、

  検診カバー率の向上

  受診者の固定化の防止

  受診者の追跡・管理体制の確立

  頚部腺がん検出への配慮

  20歳代など若年者の子宮頚がん検出への配慮

の五点をあげました。最近、子宮頚がんの発生にヒトパピローマウイルスが関与していることが明かとなり、前がん病変、早期がんが30歳以下の婦人においても発見される頻度が高くなっております。日母がん対策委員会の調査では妊婦の細胞診でクラスIII以上の判定をうける頻度は、妊婦のHB抗原や梅毒反応陽性者の頻度を上回っております。妊婦を中心に若年層への検診の拡大がすすめられます。日母産婦人科医会は、会員がその地域の家庭医として活躍することを提唱しております。家庭医の大きな仕事に健康管理、疾病の予防とプライマリーケアがあります。子宮がん検診カバー率の向上や受診者の固定化の防止などは、日母医が老人保健法の実施主体である市町村の担当者や地域医師会と提携した施設検診を進めることにより、よい方向に進めることができると考えられます。さらに子宮がん検診のみならず乳がん検診をはじめその他の基礎検診にも積極的に取り組むべきと考えます。受診者の追跡、管理体制の確立につきましても、検診で発見された要精検者にとって、家庭医としての日母医が「相談する最初の医師」となり、精検、診断、治療、追跡、管理について、婦人科の専門的な知識で対応するとともに、事後管理の主役となるべきと考えます。

 平成六年の人口動態統計では、乳がん死亡が年間7,000人をこえております。また、子宮体がんも増加傾向を示しております。日母がん対策部では子宮がん乳がん同時検診の推進、子宮体がん検診の推進を事業目標としております。家庭医として女性の健康管理の一つとして、がん検診を考えるとき、施設個別方式の検診が最良と考えます。