平成17年12月19日放送
  平成17年度日本医師会家族計画母体保護法指導者講習会より
  日本産婦人科医会副幹事長 西井 修


 平成17年度家族計画・母体保護法指導者講習会は、12月3日、東京・本駒込の日医会館で、日本医師会と厚生労働省により開催された.

1. 挨拶
 
 植松治雄(ウエマツハルオ)日本医師会会長の挨拶、川崎二郎厚生労働大臣(代読佐藤敏信 厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長)による挨拶の後、

2. 来賓挨拶
 
 坂元正一 日本産婦人科医会会長 (代読 佐々木 繁日本産婦人科医会副会長)による来賓挨拶があった.
 この中で、産婦人科医は年4.3%減少し助産婦不足も顕著な現状で、周産期医学の分野では世界トップの成績をあげていると指摘.昭和23年制定の保助看法「医師の指導の下に、必要の際には、看護師.准看護師は医療行為の補助が認められる」の条項により、無理をして産科開業を続けてきたのが現状であり、国もこれを黙認してきた.2002年及び2004年の厚生労働省看護課長の疑義解釈通知で、一部内診行為が違法とされ、該当医師に罰則を科せられたことにより、20%に及ぶ診療所が閉鎖される地域もある.厚生労働省の「医療安全の確保に向けた保健婦助産師看護師等のあり方に関する検討会」において、内診の一部さえも認めぬ結論となったことは、わが国の分娩の半数を扱う開業医の存続を危うくするものであり、わが国の周産期医療は崩壊の危機にある.事の重大性を認識する必要があると述べた.

3. 講演
 
 植松治雄 日本医師会会長による「医療改革―日本医師会の考え方」の講演では、医療界に吹き荒れている逆風について述べ、医療制度改革大網においては、医療費の総枠管理制や保険免責制の導入は阻止できたが、医療費適正化の名の下に、高齢者等の患者負担増が盛り込まれたことは誠に遺憾である.診療報酬の改定においても、財政主導の医療の質と安全の確保をないがしろにした考えが先行し、いつでも、どこでも安心して平等に医療を受けられる国民皆保険制度は危機に陥っている.国民医療推進会議において、国民皆保険を守るための署名も約一千万人集まり、国会での議論の推移を見守って欲しいと述べた
産婦人科医療においては、従来の安心してお産のできる体制が維持できなくなるという、危機的状況にあるとの認識を示し.昨年公表された医師・歯科医師・薬剤師の調査では、全医師数が増加する中で、産婦人科医は2002年に比べて4.3%(455人)の減少となっている.また、女性医師の増加、過酷な勤務条件、産科ゆえの医療事故等多くの課題を抱えていると指摘した.

4. シンポジウム
(1) 産科医療の現状と問題点
 1. 開業医の立場から 福岡県医師会理事 片瀬 高

 続いて、「これからの産科医療を考える」をテーマにしたシンポジウムでは、産科医療の現状と問題点を片瀬 高(タカシ)福岡県医師会理事が、開業医の立場から講演した.
産科医療は、産科開業医や産科医師の減少により、分娩取り扱い病院へ患者が集中している.その結果、産科医師は身体的にも精神的にも疲弊し、分娩取り扱い病院の減少に至る悪循環に陥っていると報告した.産婦人科医会のアンケート調査によると、分娩取り扱いを中止した診療所は、平成14年の年間50件から平成16年には年間97件になり、同じく分娩取り扱いを中止した病院は、13件から60件と大幅に増えている.分娩取り扱い中止の理由として、精神的なゆとりの欠如、体力の限界、分娩数の減少による収益の悪化が上位であった.産科開業医は、医療訴訟に対する精神的負担、少子化や看護師内診問題などの医療環境の悪化により、産科医業継続の意欲は低下している.また、分娩を取り扱っている施設においては、地域の実情にあった公的周産期ネットワークの整備やハイリスク分娩の経済的支援を必要としていると訴えた.特に、看護師の内診問題の早期解決と助産師の偏在解消を厚労省に要請した.

 2. 勤務医の立場から 国立病院機構仙台医療センター総合育成部長 和田裕一
 
 次に、和田裕一国立病院機構仙台医療センター総合育成部長が、勤務医の立場から講演した.出産に対して安全性と同時に快適性を求める国民の厳しい監視のもと、産科医療を取り巻く環境は、さらに悪化し、産婦人科医特に勤務医の減少は全国的な問題である。過重労働や医療訴訟の増加は、産婦人科を希望する若手医師の減少を引き起こしている.また、産婦人科は女性医師の増加が顕著であり、勤務医の4人にひとりは女性医師であり、平成16年の新産婦人科専門医は男性医師を上回っている状況から、女性医師の働く環境を整備することは急務であると訴えた.
産科医療に関して、東北地方は多くの問題を抱えてる現状について報告した.地域における周産期医療は大変困難な状況であり、分娩を取り扱っている施設に大きな負担がかかっている.特に岩手県のある地域では、ここ数年に8ヶ所の病院が産科診療を中止したため、産科医師一人あたりの分娩取り扱いが、東北地方の平均年間143件に比較して200件と増加している.病診・病病連携をより緊密にするだけでなく、遠隔地出産に対応した搬送システムの構築が緊急の課題として求められていると報告した.

(2) 無過失補償制度について
 日本医師会常任理事 藤村 伸
 無過失補償制度について、藤村 伸(シン)日本医師会常任理事の講演では、
先ごろ公表された最高裁調査資料から、全国地方裁判所における医事関係訴訟の第一審受付件数は、平成7年488件であったのが平成16年には1107件と10年間で倍増していると述べた。日医医賠責における診療科別の付託割合をみると、産婦人科が約3割と最多である。また、患者死亡により発生した産婦人科における医事紛争は、そのほとんどが分娩事故であると指摘した。医事紛争の増加は、萎縮診療や防護診療に逃れる傾向にあり、産婦人科においては診療科を希望する医学生の減少や産科診療を中止する医療機関の増加に拍車をかける。このような医師不足と偏在は、国民にとって極めて不幸な事態であると訴えた。
 民法709条に規定された不法行為裁判では、行為者の過失と、その因果関係が責任の判断基準になり、過失責任主義によって紛争解決が図られる。多くの医事紛争では、過失の証明が困難である。医療行為にともなう有害事象は、医療に内包される一定のリスクにより不可逆的に発生することがある。このような無過失の事例に対して、短期簡に患者に保障がおこなえる裁判外紛争処理制度の創設が急務であると指摘。
 無過失補償制度は、社会保障の枠組みの中でおこなうもので、医師の過失の有無を問わず補償しようという制度である。スウェーデンやニュージーランドで導入されている。分娩に関する神経学的後遺症を先行して実施するか、ニュージーランドのようにすべての事故による障害を補償するか、わが国の医療障害補償制度はいかにあるべきか、検討課題であると述べた。

(3) 産科医療の課題
 行政の立場から 厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長補佐 斉藤慈子
最後に、斉藤慈子(ヨシコ)厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長補佐が、行政の立場から産科医療の課題を講演した.
 この中で、産科医療を取り巻く現状は、晩婚化と少子化、また不妊治療による低出生体重児の増加、平成16年度の産婦人科医師数は全医師数が増加しているなかで、平成14年度に比べて4.3%の減少、女性医師の増加、産婦人科医の高齢化、志願者の減少による地域偏在の問題、労働環境の問題等、山積みしている。対策として、子育て・両立支援、病院の拠点化と地域連携、勤務制度面の改善。平成14年度から厚生労働省科学研究費による「小児科・産科若手医師の確保・育成に関する研究」により、労働状況の現状把握と分析、勤務状態の改善、小児科・周産期医療体制に関する研究等おこなっている。医師バンク運営協議会や女性医師バンクなどの医師確保対策・医師再就業支援事業を立ち上げている。また、小児科・産科医確保のための検討として、医療計画の見直しに関する検討、へき地保健医療対策検討会、医師の需給に関する検討会、総務省、文部科学省、厚生労働省による地域医療に関する関係省庁連絡会議が開催され、この中で医師確保総合対策として、地域の実情に応じた具体的な取り組みの推進、医療計画制度の見直しを通じた医療連携体制の構築、診療報酬における適切な評価が検討されている。また、地域の実情に合った周産期医療ネットワークの整備を図り、ハイリスク分娩等に対する評価など診療報酬上の評価も必要と報告した。

 最後に、シンポジウムの座長を務めた伯井 日本医師会常任理事は、「看護師の内診問題」について、見直しの必要性を指摘した.