平成17年2月7日放送
  研修ノートNo.74「婦人科における病院感染とリスクマネジメント」より
  日本産婦人科医会研修委員会副委員長 春日 義生


 皆さんこんにちは
 本日は、研修ノートNo.72 「婦人科における病院感染とリスクマネージメント」について、お話申し上げます。研修委員会では「感染症」シリーズとして、No.69「感染とパートナーシップ」、No.70「妊娠と感染症」をお送りして来ましたが、今回で研修ノートの「感染症」シリーズは終了となります。

 さて、私たちには、病院内での患者間感染のみならず、医師や看護師を含めたすべての病院職員が病院内で感染することを防止する責任があります。今回のノートでは、病院感染の発生を制御し、医療従事者自身の感染予防を徹底し、そして患者が安心して医療を受けられる環境づくりをすることに、会員の先生方が対処できるよう解説いたしました。また、ノートを手元に置いてわからないことがあれば辞書のように使っていただけるように作成しました。

 「病院感染」とは、病院内で接種された微生物によって引き起こされた感染症を言います。この言葉は、「院内感染」と同じ意味で用いられますが、日本感染環境学会では、病院感染の方がより適切である としております。 病院内で接種された微生物によって引き起こされたものであれば、退院してから発症しても、医療従事者が発症しても病院感染と言います。
 病院感染を減らすことの目的は、患者サービスの向上、患者の経済的負担の低減、労働資源としての患者の社会復帰の改善、病床回転率向上による病院経営への経済的効果、病院の人的資源の本来業務への集中であり、その結果として全国的医療費の削減につながります。
 現在の医療水準では、入院患者の10%弱に病院感染が起こっています。このことは国際的な現実でありまして、まず医療関係者も一般社会もこれを理解した上で、防げることのできる病院感染はそれを防止して行くことが重要であります。
 病院感染防止のための方策として、病院内にinfection control teamを置くことの重要性が認識されました。このチームは施設長直属の独立した機関として、自由にサーベイランスなどの活動が出来るように計られています。また、infection control doctorやnurseの重要性も認識されておりますが、その数はまだまだ施設数に対して充足していないのが現状です。
 医療現場とinfection control teamとの間を、関連づける重要な役割をリンクナースが担っています。さらに、病院感染制御には、薬剤師、細菌検査技師、事務職や施設・設備管理者、清掃の担当者も非常に重要な役割を演ずる必要があります。

 近代に入って公衆衛生の向上や、抗菌薬の進歩によって、多くの感染症が克服されて参りました。
 しかし近年、新しい耐性菌の出現、compromised hostの増加による弱毒菌感染症、SARSなどの新型感染症が出現し、それらに対して新たな対策が必要とされ、医療従事者の一層の努力や意識改革が求められています。このような現状に対応するため2003年には、厚生労働省のもとで「院内感染対策有識者会議」が開催されました。
 その答申では、今後わが国の医療機関において、感染対策マニュアルの整備と見直し及び職員教育、医療機関におけるサーベイランスの実施、抗菌薬の適正使用を含めた感染制御ガイドラインの整備、感染防止に関わる器材や設備の充実と管理、医療従事者へのワクチン接種や抗体検査、さらに個人や小規模な施設においても病院感染に関する相談が日常的に安心して出来、適切な助言を得ることの出来る協力体制を 国、自治体や高度医療機関が整備することを求めております。

 ここで少し実際的なことについて、お話申し上げます。

 病院感染の予防策として、米国CDCのガイドラインは標準予防策と感染経路別予防策を行うことを提言しております。 標準予防策は「特定の病原体が陽性である」から行うというものではなく、全ての患者に対して行うものであります。感染経路別予防策は、病原体の感染経路を考慮して行う対策であり、その感染経路には、空気感染、飛沫感染、接触感染があります。CDCのガイドラインは厳しく検討された科学的根拠に基づいて作成されており、世界的に広く支持されているものですが、わが国で必ずしも全てが実行可能なものではありません。 
 従来は感染率を減らすだろうということで科学的根拠に基づかないことがいろいろ行われてきました。
粘着マットの使用、消毒薬の噴霧やホルマリン薫蒸などはその最たる例であり、多くの経費を費やしてきました。各施設においては、CDCのガイドラインの重要性を考慮しつつ、導入可能なものから取り入れて行き、必要でない対策を廃止して、その経費をより有効な対策に使用することがよいと思われます。

 手の消毒は、流水と石鹸での手洗いが推奨されてきました。しかしながら、実際の医療現場では手洗い場が遠かったり、手洗いをしている時間が十分ではないなどの問題があることがわかり、アルコールによる擦り込み式の消毒が推奨されるようになりました。 手術時の手洗いは、通過菌を完全に除去し、常在菌を出来るだけ減少させると言うことを目的としますが、ブラシを用いてごしごしとこするような従来の手洗いは、皮膚に傷をつけて細菌の定着・増殖を助長してしまいます。
 消毒用薬剤は持続殺菌効果のある速乾性擦式アルコール製剤もしくは抗菌性石鹸を用いますが、重要なことは各個人が 手荒れをおこしにくい製剤を選択することです。
 手洗い用の水は、わが国のみが厚生労働省の指導により滅菌水を使用しております。 世界的には水道水で手洗いを行っており、水道水でも全く 問題ないことが科学的に証明されております。  ※皮膚消毒薬の利点と欠点 ※手術時手洗いにおける手指コロニー数の比較

 剃毛は婦人科手術の場合、手術部位に近いため慣例的に行われてきましたが、かみそりを用いた剃毛は皮膚に傷を付けて、細菌を繁殖させることがあり手術部位感染の大きな原因となります。 そこで、術野の妨げになる場合には、電気クリッパーにて皮膚の損傷をおこさないように注意して除毛することが  大切であると指摘されています。

 器具の消毒は、その器具の使用法や使用部位を考慮して滅菌をするのか、消毒でよいのかを選択します。 滅菌とは、全ての微生物を殺戮・除去する処理法であり、消毒は対象微生物を、感染症をおこさない水準まで減少させる方法でありまして、その目的によって必要とする水準が異なります。 損傷した皮膚や粘膜と濃厚な接触をする場合や、通常無菌 である部位に挿入される器具には滅菌が必要とされます。

 婦人科領域では、アウス用の器具や生検鉗子などの鉗子類、ゾンデなどが含まれます。 連続使用する器具、特に内視鏡などは、感染伝播の基となる恐れがありますので、滅菌が重要となります。

 医療関係者の感染事故では、針刺し事故が最も頻繁に発生します。 これに対しては、スタッフの教育や安全器材の導入などの事故防止策と、事故がおこってしまった後の事後策が必要となります。 事故後の対策は緊急性が求められることが多いので、ノートに例示してあるようなマニュアルを作成し、緊急用の薬剤を準備しておくことが必要です。

 婦人科施設では、他の診療科に比べて血液に関連した医療廃棄物を取り扱うことが多くなります。 これらの廃棄物を規則によらず廃棄すると、廃棄に関わる人々や放置された廃棄物から思わぬ所に感染を広めたりする可能性があります。 現在、「廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニュアル」が作成されており、それにしたがって処理することが大切で、法律に従わない場合には、罰則が設けられています。

 耐性菌の増加には、抗菌薬の不適切な使用が大きく関わっており、適切な使用法を守ることが重要であります。 初期治療では、原因菌がわかっていないので患者の背景、病態、身体所見、検査結果を参考にして最も原因菌として可能性の高い細菌を目標にして薬剤を選択します。 最初からスペクトルの広い薬剤をむやみに使用してはなりません。 手術時抗菌薬予防投与の意義は、手術野組織を無菌化する ことではなく、手術野の汚染菌量のレベルを下げて、宿主の細菌防御機能により感染を発症させないことを期待することであります。
 不幸にして、術後感染が起こった場合には、原因菌を推定しながら抗菌薬を選択しますが、細菌培養結果が出た時点で、薬剤の変更をする場合もおこり得ます。  ※抗菌薬投与時の考慮事項

 抗菌薬の効果判定としては少なくとも3日間使用してから行い、有効な場合は5〜7日間使用します。 なお、この度抗菌薬の皮内反応が取りやめとなりましたが、これは抗菌薬のアナフィラキシーショックが無くなった と言うことではありません。 抗菌薬開始直後は観察を怠らず、ショック時にはその症状を早く見極め、常に対処できるように準備を行っておくことが極めて大切です。 これに関しましては、2月号の医報学術欄で詳しく解説いたしますので、後日ご覧になって下さるようにお願い申し上げます。  ※抗菌薬の適切な使用法

これで、本日の私のお話しを終了させて頂きます。
ご静聴ありがとうございました。