平成17年1月3日放送
  年頭所感
  日本産婦人科医会会長 坂元 正一


 明けましておめでとうございます。新春のご挨拶を申し上げながら、私共産婦人科存亡の危機に臨んで幾多の対策が頭の中をかけめぐり、心の中は春を寿ぐ気分にあるとは申せません。私の年賀状に記した言葉を読みます。

“宇宙に生まれた生命の尊厳を真の意味で問いつめてみたい。我々が女性のPrimary Care Physicianとして、その一生に責任を持てる体制が、時と共に維持が困難になりつつあることを自省すると共に、国、社会に対して憲法、関連法律等見直すべき時に来たことを訴えたい。矛盾は対立を生むであろう。しかし、いずれが正しいかを論じても、その二次元の世界から止揚することはできぬであろうし、結論を生むことは更に難しかろう。無心に「真に正しいことは何か。今、何が求められているのか」を問わねばならぬ。新年の年頭にあたり、この命題の解決を論ずることを誓い、また求めたい。御指導御鞭撻を賜らんことを。”

 先に申し上げた産婦人科存亡の危機というのは、当然少子化の到来が根本に横たわっていますが、諸々の要因から産科医、助産師数の減少、訴訟の激増、マスコミのあおり記事、人口政策の遅れ、社会あるいは患者層の権利意識著増、若者の晩婚・未婚化、失業対策プラス働かぬ若者の増加、医療被害者をめぐる人々の国や医師らへの攻撃、産科や周産期にかかわる人々の激務、疲労に基づくイライラによる憔悴、医療の進歩が逆に招いた事故の増加、それを巡り後を引くイザコザ、古い法律による医療の締め付けなど、一口で説明できぬ混乱状態に陥っている我々の世界のことを意味しています。冷静さによって判断の誤りを防ぐ他はないところまで来ています。

 わが国における少子化は予想し得なかった急速な進展で高齢化の進行と共に人口構造に多大な歪みを生じました。高齢社会への対応に目を奪われている間に少子化の波は第二次ベビーブーム以降ひたひたと押し寄せていました。14歳以下のいわゆる少年人口は、1982(昭和57)年以降減少し続け、1997(平成9)年ついに65歳以上の老年人口を下回ったのでした。それなりに識者の目はそのことに向けられていましたが、具体的緊急対策が本気で強調されたのは平成10年の厚生白書以来でしょう。具体策が実行に移される動きになるまでに費やした20年のタイムラグ、その遅れが少子化に加速度をつけました。マクロの経済がバブル崩壊で、子供を産み育てることに夢を持てる社会はついに現れませんでした。周産期医学の進歩は分娩の現金給付のお陰ですが、社会保険制度の普及から産科は料金の二重取りをしていると誤解され、優生保護法による人工調節は戦後のベビーブームを沈静させたと誉められたものの、ナチス思想を持ったままヤミ中絶をまだやっているように言われています。40年かかって許可になったピルもなお副作用の伝説の過剰宣伝のために、どのように性教育をしても10代中絶がやや減り気味のままエイズのみが増える、学校医への参加は3%に過ぎぬ、周産期学の発展は世界一の周産期死亡率の低さを誇ることから分娩は100%安全なものと信じられ、少しでも何かあるともう裁判です。20%は難産や異常による帝王切開などの事故にまつわる何かが、しかも突然に発生しますから常に救急体制の準備は必要です。

 高価な診断機器(特に分娩監視装置など)はなければ裁判に勝てませんし、減価償却はその20%の異常例からカバーしなければなりません。しかも同時に二つ以上の生命がかかっている上、産科異常が異常な分娩に基づいたものでないと証明せぬ限り裁判に勝てず、44.1%は原告勝訴になっていますし、敗訴になれば億単位の支払いをせざるを得ません。最高裁の調査で2003年の医療関係訴訟987件のうち産婦人科の件数は137件(13.4%)で内科、外科に次いで高率です。なぜなら手が足りないからです。日本医師会から産婦人科の会員数は5%であるのに自賠責の支払率は50%と喧伝されます。本当は高額支払分の半分なのですが、最も事故が多い科のように聞こえてしまいます。二年前になりますが事故リピーター医師が或年に調べたら28名であったと報道されました。新聞報道あるいは患者側の訴えの例数はそれまでの累計であることが多く、期間が略されます。リピーターも調べてみると医師会に自賠責ができてからということで、30年間に28例でした。一年28人もいるのとは大違いです。事故報告も私共の本部を飛び越えることが少なくないので、全会員に事故事例の報告を求め実情を知る体制を本年4月より始めました。しかし、これまでの報道の結果、厚生労働大臣の緊急アピールが出、その発言の中に分娩オープンシステムの検討という言葉があり、至上命令として班研究が発足しました。医師、助産師が十分にいる病院に対してもつい先日も医師勤務者への労働基準法の適用違反病院が7割もある、しかもゆっくり休める当直の与え方が足りないという報道がありました。我々が身をすり減らし、徹夜で働き、翌日の勤務も休めない実情を調べて国も新聞も報道して欲しいと思います。

 平成17年の予算を見る機会がありましたが、医療安全対策の総合的推進の項に「医療事故を未然に防止し、医療の安全を確保するための厚生労働大臣医療事故対策緊急アピールを踏まえた医療安全対策を推進」とあり、その中の一つに“医療訴訟率の高い産科におけるオープンシステムを構築するためにハイリスク分娩などを受け入れ可能な産科オープン病院を中心とした周産期医療モデル事業”が印刷されています。最も良いシステムとは何かを研究するのに三カ年かけ思う存分各方法を検討するのは国としては自由であり、実態は現状でも基幹病院が病診連携でやっているのですから、十分にやってもらえば良いではありませんか、ニュースは記者クラブを通じて報道されるでしょう。一旦出ればデスクの料理通りのものが出、いかにクレームを付けても訂正は出ません。司令に基づくシンポジウムは公開であるから出入りは自由です。米国式のオープンシステムでない日本型を工夫しないとあまりにも事情の異なる日本に適用するのは無理であり、研究班の人には事情は知っていて、その内容はドンドン良くなっていますから、内容で勝負すればよいと受け止めればよいのです。班研究報告の実物は必ず我々の所に入りますから、取捨選択は各支部で決定されるのは自由です。我々にとって悪名高い古い保助看法にみられる厚生労働省サイドと日本医師会プラス日本産婦人科医会の意見の食い違いも、法律を時代に沿って新しく、かつ読み方がクリアカットにできるものにしないと解決は難しいと思われます。上層部は事情は理解されていますが、法律の改正の困難さを嘆かれます。産科医は約12,000名、助産師26,000名、充分足りると言われても免許証を持っている人の数しかわかっていなくてよく言えると思います。今年の国家試験合格助産師数1,694名(新卒1,232名四年制大学から一年養成所まで90校)もいるのに、その偏在ぶりはなぜか、診療所に募集しても来ないのが実態で、給料をケチっているわけではありません。本年度200名の新卒助産師を20カ所で三ヶ月研修させる由ですが、助産師の数が増えるわけではなく、如何に未熟な新助産師がいるかを示しているわけです。四年制大学で優秀な志望者がいても、実習する宛もなく四年生の中で5人くらいしか単位を取らせられないのは我々も知っています。明年度採用を減らす指示も出ていたのは、我々も申し入れて中止になったそうです。助産師が一日中いなければいけないといわれれば、三交代制・労働基準法適用等を考えると一人の産婦に8名の助産師が必要になります。いかに理由付け数字のマジックが恐ろしいかがわかります。助産師が行き渡る努力をしないで、お産をする助産業務の補助を医師の元でやらせていても、厳しく監査する国の方針は私には全く理解できません。最近の産婦人科入局者約300人、2004年の専門医(認定医)試験合格者271名、大きく分けると三つのsubspecialityがあるので、周産期に来るのは90名、そのうち女性医師が49%となると、よほど女性医師の待遇を考えないと育児休業等で結局30%(女性医師に聞いたところ)くらいしか残れなくなって我々は天を仰ぐことになります。これまである程度入局していても、平成18年度はお先真っ暗であります。北日本は広い割りに病院が少なく、入局者も少ないので一人医長の所は閉院、三人で一つの病院に集約の形を既に取っており、三大学合わせて5人の入局しかないことも現実になっています。一般の方も聞かれると思うので実情を述べました。

 2000年の周産期死亡率でも出生1000に対し3.8で世界一位(諸外国に合わせ28週からの計算にすると2.6)、追随を許しませんし、2001年の妊産婦死亡率生産10万あたり6.5で世界5位と同列、英米より上の成績なのです。オープン病院化言い換えると基幹病院化といっても若い産科医のなり手がないが故の集約で、その上でこうした成績を維持するのは大変なことです。決して診療所では危険だと取扱数-データ値をもとにはいっていません。(批判や班研究中の問題を本部に持ってこられても、正直言ってやりように窮します。)
 最後にマスコミに申し上げたいと思います。極端に勝手な解釈をして、明日からでもお産が変わると報道されて一番困るのは妊婦であり、これから家庭を持ちたいと願う人々です。あせる程、少子化は進み、人口は減り、国力は落ちてゆくでしょう。真実を伝え、国をすくうベクトルのある記事を記者の名誉にかけて書かれることを願って御挨拶を終わります。