平成16年12月13日放送
 平成16年度日本医師会家族計画母体保護法指導者講習会より
 日本産婦人科医会副幹事長 大村 浩
 


 平成16年度 家族計画・母体保護法指導者講習会が、平成16年12月4日土曜日、日本医師会館において、日本医師会および厚生労働省の主催で開催されました。

 まず、司会の伯井俊明日本医師会常任理事から開会の挨拶がありました。

 植松 治雄 日本医師会長の挨拶。
「混合診療の導入に反対するため600万人の署名を集め、衆・参両議院に働きかけ、国民皆保険制度存続のための運動を展開している。また母体保護法を取り巻く環境に注目すると、母体保護法指定医も平成10年に9700名だったのが本年は7999名と18%も激減しているという現状があり、お産を安心してできる産婦人科医療レベルを維持できるか不安という面がある。」

 尾辻 秀久 厚生労働大臣(代理 苗村光廣母子保健課長)からの挨拶。
「少子化は合計特殊出生率1.29とすすんでいる。また次世代支援対策法も制定され、今後、総合的な児童支援が展開される見通しとなった。」

 来賓 坂元正一日本産婦人科医会長からの挨拶。
「産科医療を取り巻く現状には大変厳しいものがある。特に医事紛争増加と産科希望医師減少は深刻な問題であり、すでに米国では26州で産科標榜医がいなくなった。日本でも同様の事態は起こりうる。産婦人科の未来のために皆で努力したい。」

 今年度の講演は、「今、医療に求められるもの」という表題で、植松治雄日本医師会長から次の4項目を主眼として講演がありました。

  1. 医療の安全と質
  2. 高度先進医療と医の倫理
  3. 医療提供体制
  4. 医療改革の考え方

 「聖域なき構造改革とは、医療に市場競争原理を持ち込む。いつでも・どこでも・誰でも同じ医療が受けられる国民皆保険制度とは相容れない。混合診療・株式会社の医療への参入は国民健康の危機と捉えられる。医療保険を推進する保険会社は、医療を「必ず成長する有望な産業」とみなして参入している。
一方、WHOも、周産期死亡率世界一など日本の医療は世界最高レベルとみなしている。しかも国民一人当たりの医療費は米国の半分ほどで、「安い医療費で高レベルの医療を提供している。」と日本人医師は誇りを持ってよいだろう。
 翻って、医療の質という点ではどうか。高次医療施設でむしろ多い重大な医療事故などに国民の不信感は高まっている。高度先進医療従事者には生命の尊厳を軽視するかのような医の倫理観の欠落を散見する。国民の不信感を払拭する具体案として、医師の生涯研修プログラムを推進し、今後の安全な医療の提供に役立たせたい。

本年度のシンポジウムは、「母体保護法をめぐって」 というテーマでした。

(1)行政の立場から
   苗村 光廣 (厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課長)

 「20歳未満の人工妊娠中絶件数および実施率はいまだに多い。健やか親子21でも思春期の保健対策の強化と健康教育の推進をかかげ、低減をはかっている。
 『妊娠4ヶ月未満中絶胎児の取り扱い』について。現状では廃棄物処理法に基づき感染性一般廃棄物として対応している自治体がいまだ多い。今後は胞衣条例や斎場条例に基づき火葬するなど、丁重な扱いに順次変更するよう、各自治体に通知した。」

(2)「母体保護法指定医師の指定基準」モデルについて
   秦 喜八郎 (宮崎県医師会長)

 平成11年度改定の理由
  主に「現代の医療環境に適合させるため」
 平成11年度改定の要点
  1)人と設備の指定を分離した。
  2)入院設備3床以上から1床以上へ減少した。
  3)条文の明確化(極力あいまいな文言の削除)
  4)日本産婦人科学会専門医「認定証」の写し
  5)指定の更新時、研修会受講証明の提出義務付け(特に日産婦医会・研修参加証6枚相当が必要)

(3)母体保護法の適正な運用
   栃木 明人 (日本産婦人科医会常務理事、日本大学医学部産婦人科講師)

 母体保護法を適正に運用して、母性の健康を保護するために関連事項を解説されました。

  1. 不妊手術:生殖腺を除去することなしに生殖を不能にする手術で、本人および配偶者の同意を必要とする。実施報告書を翌月10日までに都道府県知事に届けなければならない。
  2. 人工妊娠中絶:母体保護法の規定による指定医師のみが行い得る。
    適応:母体保護法第14条に定められた適応のある場合にのみ行い得る。 身体的理由と経済的理由がある。
  3. 手術の同意:母体保護法による不妊手術または人工妊娠中絶実施時には、すべての場合に本人と配偶者の同意を、事前より書面で得ておく必要がある。
  4. 手術の届出:母体保護法第25条に不妊手術または人工妊娠中絶実施後はその月中の手術結果を取りまとめ、翌月10日までに理由を記して都道府県知事に届けなければならない。
    この報告書に最近、年齢、週数、理由に不備が多いことが指摘されている。また、母体保護法指定医7999名から約5836件の報告があるが、そのうち4割が0報告書である。
  5. 緊急避難行為としての中絶:母体保護法に基づく人工妊娠中絶は21週までであるが、妊娠22週以降で、母体の生命に危険がある場合に行われる緊急避難行為としての手術では実施報告書は不要である。
  6. 人工妊娠中絶後の留意事項:
    特に胎児の取り扱いについて。
    ・粗雑に陥らないように丁重に取り扱うように注意する。
    ・妊娠中期の人工妊娠中絶による娩出胎児が生産の場合は児が未熟で生存の可能性がない場合でも保育につとめる。

(4)着床前診断
   吉村 泰典 (慶應義塾大学医学部産婦人科学教室教授)

 「出生前診断は妊娠9‐11週で行われる絨毛採取や妊娠15‐18週で行われる羊水穿刺が主であるが、母体の精神的、肉体的苦痛を伴うことが少なくない。ところが現在では妊娠が成立する前の初期胚の段階で遺伝子診断が可能となってきている。着床前遺伝子診断とは受精卵の一部を用いて染色体や遺伝子の診断を行い、着床前に遺伝子疾患を診断しようというもので、すでに欧米諸国ではCystic fibrosisの診断などに臨床応用されている。
 この診断法には、3つの大きな進歩が技術的背景としてあげられる。

  1. 胎生学:4―8細胞期の初期胚から1―2細胞を取り出しても、その後の発生に大きな影響を与えず正常の発育すること
  2. 技術:体外受精・胚移植と胚の顕微鏡下操作など
  3. 遺伝診断学:微量検体からの正確な遺伝情報獲得

 胚生検による着床前遺伝子診断で診断した胚を移植した場合でも流産率13.9%だった。
 慶応義塾大学では単一疾患すなわち伴性劣性遺伝のDuchenne型筋ジストロフィーを対象とした着床前診断を申請し、許可を得た。この診断法の意義は現状における救済法のひとつの選択であり、この方法で救済される人々の幸福もまた守らなければならないだろうと考えられる。

 最後に討議がありました。

  1. 母体保護法の更新時の資格審査について
  2. 「母体保護法指定医師の指定基準」モデルに1床以上の入院設備を有することとある。
    質のよい医療を提供するためには設備基準から入院設備は必要であろうと考えられる。
  3. 指導する側の医師にも指定医でない医師が多い―なるべく指定医を取ってほしい。
  4. 経口妊娠中絶薬の取り扱いー厚生労働省でも規制強化の方針
  5. 新研修医制度が開始された。専門医よりも先に指定医が取れるのではないか
    ―あくまで専門医の上に指定医があるというスタンスで取り扱ってほしい。

 昨今の産婦人科を取り巻く極めてきびしい環境と母体保護法に関係した事例などから、母体保護法を適正に運用するために、関連事項を再確認できた有用な講習会でした。